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【読書ノート】木下理仁著『チョコレートを食べたことがないカカオ農園の子どもにきみはチョコレートをあげるか?』(旬報社)

 著者の木下理仁氏は、青年海外協力隊(スリランカ)、かながわ国際交流財団職員、かながわ開発教育センター(K-DEC)事務局長などを経て、現在はオンライン・ワークショップ「TAKOトーク」のコーディネーターを務める人物である。

 この本は、木下氏がこれまでに手がけてきた「国際協力」や「多文化共生」に関するワークショップを紙上で疑似体験するものだ。著者曰く、“読むワークショップ” なのである。

 その第1章には、書名にもなっている事例を含めて、4つの“読むワークショップ”が紹介されている。

第1章 “豊かさ”って、なんだ?
1 チョコレートを食べたことがないカカオ農園の子どもにチョコレートをあげるか?
2 親しくなったストリート・チルドレンの頼みを聞き入れるべきか?
3 学校に行かずに働いている少女が作った服を着るか?
4 貧しい村を発展させるために水道・電気・道路のうちどれを選ぶか?

 いずれの問いに対しても、たった一つの正解があるわけではない。答えがあるとしたら、それは当事者の間における「納得解」だけだろう。しかし、その「納得解」にしても暫定的なものに過ぎないのだ。著者自身も、次のように語っている。

ある時期、ある状況のもとでうまくいったことも、時代が変わり、地域も違うと、おなじようにうまくいくとは限らない。過去に他の場所でうまくいったやり方をそのまま真似るのではなく、その時、その状況の中で、いちばん効果的なやり方を見つけることが必要なんだ。

同書55ページ

 「その時、その状況の中で、いちばん効果的なやり方を見つける」ためには、他者への想像力、多面的・多角的なものの見方や考え方、目的を見失わないこと、前提そのものを疑ってみることなどが必要になるだろう。私たち読者は、“読むワークショップ”を通してそれを体験することができるのだ。


 海外が舞台だった第1章に対して、続く第2章で取り上げられる3つの事例は日本国内の話である。それだけに、読者は前章以上に「自分ごと」として考えることを迫られるのだ。

 日本人としての「常識」や「当たり前」と向き合わざるを得なくなるのである。

第2章 “ともに生きる”って、なんだ?
5 ブラジルから来た転校生のエレナに校則違反だからと耳のピアスを外させるべきか?
6 災害にあった外国人のために避難所の貼り紙をどう書き直すか?
7 フィリピンから来た小学生の愛子さんをきみはどうやって助けるか?

 木下氏は、中学生から大学1年生くらいまでを読者に想定してこの本を書いたようだ。しかし、この第2章に収められた3つの事例は、教職課程や教員研修で取り上げる題材としても十分な価値をもっていると言えるだろう。

 日本各地の学校では、外国にルーツがある子どもたちの数が急速に増えている。全ての学校関係者は、こうした問題と正面から向き合っていくことを求められているのだ。


 終章である第3章には、「国際協力」や「多文化共生」に関わる4人の方へのインタビューが収められている。

第3章 出会うことに意味がある
ルワンダで義足を作る ルダシングワ真美さん
外国ルーツの子どもたちをサポートする 出口雅子さん
地域でフェアトレードを進める 磯野昌子さん
シエラレオネの子どもたちの教育を支援する 下里夢美さん

 インタビューのなかで語られるのは、教科書に載っているような「綺麗事」ばかりではない。4人の本音、そして「国際協力」や「多文化共生」の負の部分にも及んでいる。

 それを引き出しているのは、木下氏が相手にぶつける質問の旨さだ。4人と木下氏との間に信頼関係があるからこそ、そうした質問ができるのだろう。

 4人の生き方や考え方から何を学ぶのか。それは読者一人ひとりに委ねられている。「正解」がない問いについて考えるための本にとって、ふさわしい終章だと言えるのかもしれない。

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