見出し画像

「境目」と「つなぎ目」

 今から40年ほど前、私が小学校の教師になったばかりの頃の話だ。

 昼の清掃の時間中、隣の2組の担任でもある学年主任のA先生が、廊下の雑巾掛けをしていた子どもたちにこんな指導をしていた。
「きっちり2組の前の廊下だけを拭くんじゃなくて、隣の1組や3組のほうに少しはみ出して拭くくらいでちょうどいいんだよ」

 どんなものにも「つなぎ目」というものがある。自分の領分のことばかり意識していると、他との「境目」で抜け落ちてしまうこともあるだろう。けれども、お互いが「つなぎ目」を意識して行動すれば、それを防ぐことができる。

 A先生は廊下の掃除のことをとおして、子どもたちに社会生活にとって大切なことも教えていたのだろうと思う。

 そういえばA先生は、自分の仕事のことで忙しいにもかかわらず、私のような初任者のことをよく気にかけてくれたし、いつも学校全体のことを考えて行動をする方だった。

 A先生から教わったことは、廊下の掃除の仕方だけではない。


 以前、教育委員会が主催する「初任者研修の説明会」に参加した際、こんなことがあった。

 担当の指導主事が会の最後に、
「それぞれの学校でも、実務をとおして学校全体で初任者の人材育成を図ってください」
 と言ったのだが、会が終わった後にある学校の副校長がそれに噛み付いていた。

 要約すれば、
「初任者の指導は『初任者研修担当』の教員に任せている」
「今の学校は忙しくて、学校全体での育成などできない」
「そもそも、初任者研修は教育委員会が行うべきものだろう」
「もっと言えば、大学の教職課程でしっかり教えてから送り出すべきではないのか」
 という内容だった。

 その後のことは省略する。

 まあ、この副校長が言っていることのなかには、理解できる部分もある。しかし、「境目」のことばかりを考えて「つなぎ目」のことに思いが至らないのは、残念だとしか言いようがない。

 こういう副校長がいる学校で働く初任者が気の毒だ、いや、きっと初任者だけのことではないのだろう、と想像をした。

 そして、こうも思った。
 この副校長が教諭だった頃、廊下の掃除をする子どもたちにどんな声をかけていたのだろうか、と。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?