松下幸之助と『経営の技法』#184

8/17 人は任され、発奮する

~仕事を任され、燃える人たちが協力しあい、目標に向かう、時1+1は3にも4にもなる。~

 生来、あまり丈夫な方ではなかった私は、独立して電気器具の製造を始めてからも病気がちで、寝たり起きたりの半病人のような姿で戦争のころまで仕事にあたってきました。
 ですから、自分で先頭に立ってあれこれやりたいと思っても、なかなか思うようになりません。そこで、いきおい、然るべき部下の人に任せてやってもらうことが多かったのです。また任せるについても自分がそのような状態でしたから、中途半端に任せるのではなく、「大事なことだけ僕に相談してくれ、あとは君がいいと思うようにやってくれ」というように思い切って任せざるをえなかったのです。しかし、任されたほうは「大将が病気で寝ているのだから、任された自分がしっかりやらなければならない」と大いに発奮し、十二分の力を発揮してくれました。しかも、そのように燃えている人たちが、自らの力を存分に発揮しつつ、1つの目標に向かって他の人と協力していくことによって、1+1の力が3にも4にもなるという姿が生まれ、組織としても大きなことができたということが、度々ありました。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 この日のこの発言で、松下幸之助氏が従業員の自主性を重視する経営モデルを採用し、確立していった背景がとてもよく理解できます。
 それはどのような経営モデルかというと、極端な経営モデルと対比するとよく理解できます。
 例えば、ワンマン会社やベンチャー企業に多く見かけられる経営モデルですが、従業員には経営者の指示命令を忠実に遂行することだけを期待する経営モデルがあります。この経営モデルでは、特に経営者の統率力が高い場合、組織の一体性が極めて強固になり、突破力が発揮されます。ニッチな市場で存在感を高める場合や、それまで不可能と言われていた壁を突破する場合などに、その威力を発揮します。
 けれども、この経営モデルには限界があります。すなわち、7/10の#146で指摘したように、①大きさの限界(経営者が、全案件全従業員をコントロールしようとするから)、②質の限界(経営者の発想と異なる発想が認められないから)、③時間の限界(経営者の人生は有限だから)等があります。
 これに対し、松下幸之助氏が早い段階から採用し、確立してきた経営モデルは、経営者の自主性や多様性を重視する経営モデルです。
 これは、従業員に広範な権限をどんどん委譲していき、任せてしまうという経営モデルです。従業員をプチ経営者として育てていくことにより、①会社の大きさ、②発想の幅、③後継者の育成などについて、上記モデルの壁を克服していくのです。
 但し、このモデルでも、組織としての最低限の一体性は確保しなければなりません。バラバラに、それぞれが勝手に動いているのであれば、組織としてのまとまりが無くなってしまいます。自主性や多様性を強調すると、組織に遠心力ばかり働いてしまいますので、一体性の重要性を従業員にも十分理解させ、何らかの形で求心力を確保する必要があります。
 つまり、後者の経営モデルは、一体性と自主性・多様性の調和やバランスを取ることが必要であり、経営者には、会社の求心力を高めつつ、自主性を重視するという難しいバランスを取る舵取が必要となるのです。
 このような背景を理解して、この日の松下幸之助氏の発言を見ると、次の2つのポイントが理解できます。
 1つ目は、モチベーションです。
 上記①~③は、組織論的な効果ですが、さらに経営論として見ると従業員のモチベーションを高める効果のあることがわかります。もちろん、任せることによって要らぬプレッシャーになってしまい、そこをさらに押さえつけるようなストレスばかりかけていけば、委縮してしまい、かえって逆効果になります。したがって、そのようなストレスをかけずに、逆にモチベーションの方を高めることができるところが、松下幸之助氏の腕と人柄、ということになります。
 2つ目は、組織論です。
 これは、ここで「1つの目標に向かって他の人と協力していくことによって、1+1の力が3にも4にもなるという姿が生まれ、組織としても大きなことができた」という点です。
 これは、たまたま個別の事案に関して連携したために相互作用が働いた、というレベルではなく、組織として「一体性」をもって活動したことによる相乗効果です。しかも、実際に相乗効果が出たというだけでなく、そこから組織としての形ができていくことにもなります。このように、従業員の自主性や多様性を尊重し、権限をどんどん委譲していく経営モデルが、実際に権限を委譲して任せたことにより形になっていた実感があり、だからこそ松下幸之助氏は、この経営モデルを、自信を持って推し進めることができたのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者に求める資質の問題です。
 会社の経営戦略にはいろいろな方向性があり、他方で、経営者の個性にもいろいろな個性があります。
 経営戦略としては、例えば、まずは一体性や突破力を重視する経営によって会社の存在感を確立し、その後に多様化していく方針もあれば、松下幸之助氏のように、最初から従業員の自主性や多様性を重視し、あるいは、自主性と多様性を重視するという会社の組織体制を確立してから、市場に乗り込んでいく、という経営戦略もあります。
 他方、経営者の個性として見た場合には、鍋奉行のように自分が何でも差配し、段取りをつけ、仕切ることが得意なタイプから、(松下幸之助氏が最初からこのようなタイプだったかどうかはわかりませんが)他人に任せることは任せ、自分は裏方に回ることが得意なタイプまでいろいろあります。
 株主は、会社の経営戦略と、経営者の個性を見極めたうえで、適切な経営者を選任すべきである、ということが理解されます。

3.おわりに
 もし、松下幸之助氏が頑強で、思う存分仕事に没頭していたらどうなっていたでしょうか。
 思う存分、自分の意見を伝え、指示する結果、従業員に任せることがなかったように思われます。「自分で先頭に立ってあれこれやりたいと思っても、なかなか思うようになりません。」という言葉から、特に従業員数も少ない時代には、氏自らが現場に立ち、こまごまとリーダーとして細かいところまで介入し、マイクロマネジメントしたであろう姿が容易に目に浮かびます。
 むしろ、その後の松下幸之助氏の存在感を考えれば、松下幸之助氏が絶大の存在感を背景に、強力なリーダーシップをいかんなく発揮していた様子が想像されたのですが、実際には、全く逆にかなり早い段階から、従業員たちに権限委譲していたことがわかりました。
 このことから、もし、松下幸之助氏が頑強で、思う存分仕事に没頭していたら、松下電器はここまで大きくならなかったかもしれない、と考えられます。
 それは、ワンマン会社のような一体性や突破力を重視した会社としてスタートすることになったため、その後スムーズに従業員の自主性や多様性を重視した経営モデルに移行することができなかった可能性が感じられるからです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。



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