労働判例を読む#221

【社会福祉法人ネット事件】東京地裁立川支部R2.3.13判決(労判1226.36)
(2021.1.21初掲載)

 この事案は、定年延長に関し、理事会承認が必要とされている会社Yで、理事会承認が無いまま定年後も従前どおり勤務してきた従業員Xが、定年から約10年後の理事会決議により定年延長を承認しない、との決議がなされ、失職した事案です。裁判所は、Xが従業員としての地位を有することなどを確認しました。

1.定年延長

 理論的には、10年後の理事会決議で定年延長が否決されたので、その段階で定年により退社したと評価される余地もありそうです。

 けれども裁判所は、定年後も継続勤務していたので定年延長された、としました。

 そのうえで、10年後の理事会決議での延長否決については、①理事会承認を得られないことを不確定期限とする雇用契約の終了と評価することはできないこと(もしそのように解釈するなら、否決決議が解雇の意思表示となるが、労契法16条の要件を潜脱する結論を認めることになること)、②延長否決決議を解雇の意思表示と見るにしても、その合理性に関し何ら主張がされていないこと、を根拠に、労働契約は終了しない、と判断しました。

 たしかに、裁判所の示した結論から逆算すると、定年の際には解雇の合理性が不要ですが、定年延長された後には解雇の合理性が必要になります。すると、Yとしては、Xは定年後10年も勤務できたことを考えればそれで十分だろう、と考え、定年が来たのと同様、解雇の合理性が無くても労働契約が終了したと考えたくなるかもしれません。そのようなYの気持ちも、理解できないではありません。そのために、理事会の決議を要する旨の規定の解釈と、理事会の決議の解釈について、それぞれの表現の解釈など技術的な議論がされているのです。

 けれども、定年後再雇用で有期契約となり、それが更新された場合ですら、更新の期待(労契法19条)が問題になりえます。

 ましてや、この事案で、Yは、約10年間定年後の勤務を放置しており、雇用としての実態が確立した状況が出来上がっています。この状況は、定年による労働契約終了とは全く異なり、むしろ10年間(定年前も含めればもっと長期間)勤務してきた従業員を「解雇」する場合と評価すべき状況です。

 形式よりも実体に沿ったルールが適用される労働法の性格上、ここで解雇の合理性が必要とされた結論は、止むを得ないものだったでしょう。

2.実務上のポイント

 ところで、定年延長された部分については、この裁判例が民法629条を適用している点に疑問が示されています(労働判例誌の本判例解説部分、労判1226.38)。定年退職は、無期契約でも問題になる点が、民法629条の「雇用の期間が満了」という用語に合わない、民法629条は「雇用の期間」の存在する有期契約だけに適用されるべきだ、などが根拠になるでしょう。

 けれども、民法629条は雇用契約の種類(無期か有期か)を問題にしたものではなく、期間の経過により終了したかどうかに着目したルールです。期間経過後も、すなわち雇用契約が終了したはずなのに働き続けている状況があれば、それに合わせて雇用契約も延長しよう、というルールです。

 そうすると、実際に「定年」が契約「期間」と異なる法的性格を有しているとしても、特定の時点を時間が経過したことで雇用契約が終了する、という点では同じですから、すなわち、雇用契約が終了したはずなのに働き続けている状況があり、そこに適用されるべき契約は従前の雇用契約であるべき、という状況も全く異なりません。

 したがって、民法629条が、その規程の趣旨や目的と全く無関係な、無期か有期かという雇用契約の種類・技術的な理由で、定年の場合だけ適用されない、という解釈は合理的ではないでしょう。

 他方、仮に629条が適用されなくても、黙示の契約など様々な理屈で、結局は定年前の契約条件での雇用契約関係が認定されることになるでしょう。

 したがって、法律構成上はともかく、定年後も従前どおり働いている状況が続けば、雇用関係が生ずる、という点を、実務上注意すべきです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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