労働判例を読む#331

今日の労働判例
【堺市(懲戒免職)事件】(大阪地判R3.3.29労判1247.33)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、市役所Yで、選挙管理業務や職員の出退勤などの管理システムを開発してきた職員Xが、システム開発に伴い住民や職員の個人情報を持ち出して自分のパソコンなどに登録しただけでなく、それを一時的に個人で契約したレンタルサーバーに保管したうえ、ロックをかけずにURLでアクセス可能にしたために、2つの不明なアドレスがURL経由でレンタルサーバー上のデータにアクセスしてしまった、という事案です。Yは住民から損害賠償請求を受けることとなり、YはXを懲戒免職処分としましたが、Xは懲戒免職処分を無効と主張して争いました。
 裁判所は、懲戒免職処分を有効と評価しました。

1.公務員の免職の有効性
 この判決も、他の公務員の免職事案と同様に、裁量権の濫用があるかどうかを判断枠組みとしました。つまり、免職という行政処分行為が、行政機関としての裁量権を濫用したものかどうかを、職員の側が証明できなければ、免職は違法とならないのです。
 このように、判断枠組みとしては職員にとって厳しい判断枠組みを取っているものの、実際にはXがYの同意を得ていたかどうか、Yが自宅にデータを持ち帰って作業することを容認していたかどうか、などについて詳細に検討しています。このことから、結果的にXの主張が否定されたものの、免職処分の有効性の判断について、裁判所は職員側の主張を丁寧に検証する姿勢が示された、と評価することもできそうです。

2.実務上のポイント
 けれども、これと異なった評価もできます。
 すなわち、同じように職員が業務上のデータを持ち出した事案で、京都市(児童相談所職員)事件(大阪高判決R2.6.19労判1230.56)で裁判所は、職員の停職3日を無効としました。たしかにここでは、本事案と異なり職員の持ちだしたデータが流出したことが認定されなかった、という点に大きな違いがあります。
 けれども、特に指摘しておきたいのは、論点の設定方法の違いです。
 本事案では、Yが同意していたか、黙認していたか、等というXによる情報持出しの権限などが中心的な論点となっています。他方、京都市の事件でも同様の点が問題になっていますが、それだけでなく、京都市側の情報管理の甘さが重要な論点となっています。すなわち、職員を非難する役所の側にも問題がなかったのかどうかが議論されているのです。
 これは、民間企業が営業秘密を漏えいした者に損害賠償を請求する場合、会社自身が営業情報を秘密として適切に管理できていたことが必要とされる(不正競争防止法2条6項)ことと、状況として似ている面があります。
 この観点から見ると、堺市Yは、たしかにXによる情報の持出しを黙認していたような事情はないかもしれませんが、それはYが情報を管理ができていなかったから持出しに気づかなかったにすぎず、無断持出しをYの側が主張できるような状況にあったかどうか疑問が残ります。
 このような、京都市の事件と比較した場合の論点の設定方法の違いを考えると、Yの側の管理状況をあまり問題にせずにその裁量権を認めていることから、裁量権の濫用の判断について、行政機関の側の裁量を広く認める傾向について、この裁判例も大きな違いはない、と評価することもできそうです。
 本判決は控訴されているようですので、控訴審でも判決が出される場合にはどのような論点設定がされるのか、も注目される点です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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