労働判例を読む#294

【国・札幌東労基署長(カレスサッポロ)事件】(札地判R2.10.14労判1240.47)
(2021.9.10初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、病院Yに試用期間3か月で雇用された看護師Kが、「きつ音」の障害を有していたところ、「きつ音」の障害によるコミュニケーション上の問題や上司の厳しい指導、試用期間の延長などによる業務上のストレスによりうつ病エピソードを発病し、自殺した事案です。Kの遺族Xが労災の申請を行いましたが、労基署は労災非該当と認定して労災保険金を支払わなかったため、裁判所に支払を求めたところ、労災該当と認知して裁判所はXの請求を認めました。

1.判断枠組み(ルール)
 裁判所は、労災認定に関する労働基準監督官向けの判断基準を、その内容が合理的であるとして裁判での判断枠組みとして採用しました。このことは、現在ほとんどの裁判で行われることで、特に目新しいことではありません。
 ここで注目される1つ目のポイントは、エピソードごとのストレス強度をまとめて整理した表が活用された点です。
 すなわち、この判断基準には、職場での様々なエピソードがどの程度のストレスになるのか、というストレス強度を整理した一覧表が含まれています。これは、例えば「上司とのトラブルがあった」「同僚とのトラブルがあった」「退職を強要された」などのエピソードが列挙され、それぞれについて原則として該当するストレス強度(強・中・弱)と、例外的に該当するストレス強度が整理され、表にまとめられています。
 そして、この表にエピソードをあてはめた結果を評価することになります。
 2つ目のポイントは、複数のエピソードがある場合のルールです。
 すなわち、複数のエピソードがあるときにどのように評価するのか、について「複数の出来事が関連して生じた場合には、その全体を一つの出来事として評価します。」と定められています。
 この、複数のエピソードがある場合のルールも、問題となりました。
 3つ目のポイントは、ストレス強度を評価する際に、どのような状態の人物を基準にするのか、健常者なのか、それともKのような障害を持つ人物なのか、です。
 裁判所は、障害を持つ人物ではなく、「通常の業務を遂行することができる程度の心身の健康状態を有する労働者」を基準にするとしました。別の事案では、障害者であることが前提であり、しかもその障害が悪化して災害が発生した場合には、その障害のある従業員が基準になる、とした裁判例もあります(国・豊橋労基署(マツヤデンキ)事件、名高判H22.4.16労判1006.5)。
 そこで、本判決ではKを基準にしなかった点の合理性が問題になります。
 この点本裁判所は、労災保険の構造に着目しています。つまり、通常の損害賠償(会社が賠償責任を負う)の場合は、会社の責任の程度が問題になりますが、労災保険では業務の危険性の程度が問題になり、両者は必ずしも一致しません。
 すなわち、会社の責任の程度、ということであれば、傷病を負った従業員に対する配慮が十分かどうかが問題になりますので、従業員に応じた対応が必要となり、したがって判断基準もその労働者が基準となるでしょう。けれども、業務の危険性の程度、ということであれば、当該業務に関わる従業員に共通の危険性の問題になりますから、従業員ごとの評価ではなくなります。業務の危険性の程度だけを評価することになるので、従業員の個性は原則として捨象されるのです。
 そのうえで本判決は、上記マツヤデンキ事件と同様の配慮もしています。
 すなわち、Kが「他の看護師と同様の勤務に就くことが期待できた者である」と評価したうえで、Kを基準にしないと結論付けています。
 このように、マツヤデンキ事件で示されたように、原則として一般の従業員が基準となるが、例外的に、障害者であることが前提である勤務の場合には障碍者が基準になる、というルールが示されたと評価できるでしょう。

2.あてはめ(事実)
 裁判所は、数多く指摘されたエピソードを、関連するテーマごとにまとめてストレス強度を評価しました。全てのエピソードを一つにまとめてしまうわけではなく、かといってそれぞれのエピソードをバラバラに評価するわけでもなく、関連するテーマごとにまとめたのです。
 具体的には、例えば心臓カテーテル検査の患者に対する事前説明について、Kは発音などに問題があったため事前にそのための練習を何度か行いました。エピソードごとにストレス強度を評価するのであれば、それぞれの練習ごとにストレス強度を測定しますが、本判決はそのことを前提にしつつも、「新人看護師に対する教育指導の一環として行われたものであるから」という理由で、これらを一つの出来事として評価することにしています。また、上司との面談についても、いくつかの受けた様々なストレスについても、あえて一体評価すると明言していませんが、同様にひとまとめにして評価しています。
 全てのエピソードをまとめてどんぶり勘定する、というわけではありませんが、かといってエピソードをバラバラに評価して簡単にストレスが小さいと評価するのでもなく、適切な範囲でエピソードをまとめることで、エピソード相互の関連性やそれによるストレスの増幅効果も適切に配慮することが、裁判所での判断で特に目立つポイントとなっています。

3.実務上のポイント
 裁判所は、まずそれぞれのエピソードのストレス強度を評価し、それをテーマごとにまとめてもう一度ストレス強度を評価します。ここでは、Kと「同種の労働者」にとってストレス強度がどうか、という評価をしています。そして、1つひとつのエピソードは「弱」でも、エピソード群として見れば「中」と評価されるもの(エピソード群)が2つある、とされました。それは、上司との面談に関するエピソード群と、患者からの度重なる苦情に関するエピソード群です。
 けれども、因果関係が認められるためにはストレス強度が「強」である必要があります。
 ここで注目されるのは、このようにテーマごとにまとめられたエピソード群について、それぞれのエピソード群の関係性をもう一度検討している点です。すなわち、裁判所は4つのエピソード群(上記2つの「中」程度のエピソード群と、指導担当者による指導(弱)、試用期間が延長され、課題が示された事実)が試用期間の3か月間と、その後延長された1か月間の、合計4か月間の間に並行して集中的に起こった出来事である点から、全体として「強」に該当すると評価しています。
 このように、技術的に見れば、エピソードを束ねてストレス強度を判定する、という思考過程を2段階、合計3段階でストレス強度を測定している点が注目されます。
 このことから、他の事案でも3段階でストレス強度を測定することが理論的に可能になった、と評価する見解が出てくるかもしれません。
 けれども本事案は、試用期間中の4か月の間に4つのエピソード群が並行して発生しており、ストレスの密度が高いと評価できる事案です。これに比較して、数年にかけてストレスがかかり続け、その間並行して進行したエピソード群が全く無いような事案では、エピソード群同士の相互作用は考えにくいですから、本事案の3段階目のストレス強度測定の過程は考えられないでしょう。
 このように、3段階でストレス強度を測定する、という手法は、エピソード群同士の強い関連性が認められるような特殊な事案でのみ例外的に適用できる、と評価するのが適切と考えられます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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