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松下幸之助と『経営の技法』#203

9/5 目標を示す

~その時々に目標を示す。その上で、働く人をねぎらい、励ます。~

 私はただその時々に目標を示しただけである。「これは私がやるわけではない。やるのは皆さんですよ。私は目標だけを示します。あとは皆さんで、どういうふうにやったらいいかを考えてやってください。」ということになる。そして、実際、あとは私が特別に何かしなくても、皆が考えてやってくれた。だから私は、それに対して心の中でお茶をくみつつ、ねぎらったり励ましたりしていただけである。
 結局大事なことは、目標を与えることである。目標が与えられれば、あとはあれこれ口やかましく言わなくても、大抵の人は自由に創意工夫を発揮してやってくれる。なまじの口出しはしなくてもいい。けれども目標が与えられなければ、社員の人も何をしていいかわからないから、あまり創意や工夫も生まれない。いきおい十分な働きも生まれず、仕事の成果もあがらないということになってしまう。
 これは何も社長だけでないのは当然である。部長でも課長でも、1つの部署を預かり、何人かの人を使う立場にある人は、常にそのことを心がけなければならない。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでの話の内容は、前日(9/4の#202)とほぼ同じ内容です。すなわち、①従業員の自主性と多様性を重視する、という松下幸之助氏が経営者としてその最初の頃から一貫して採用し、磨き上げてきた経営モデルを前提にすること、②「目標」にも2面性があり、規制する面と、従業員の自由な活動の基盤や方向性を与える面の両方をバランスさせる能力が必要であること、です。
 これを前提に、ここでの発言の中から、誤解したり都合よく解釈したりしては間違えそうなポイントを指摘しましょう。
 1つ目は、どのような経営者でも従業員に「目標」を与えれば、あとは自動的に従業員が仕事をしてくれるような、そんな幻想的な言葉のようにも見える点です。
 ところが、実はそうではありません。
 すなわち、松下幸之助氏は長年かかって、従業員に権限を委譲する経営モデルを作り上げ、磨き上げてきたからこそ、「目標」を与えれば、会社組織が自動的に動き出す状況になっているのです。
 したがって、ここで読み取るべきことは、「目標」を与えて放置して、自分だけ楽をしよう、というような怠惰な発想ではなく、自分が現場に口出ししなくても「目標」さえ与えれば動き出す組織を作り出すことの重要性です。プロセスやその苦労、努力などが全く触れられていませんが、松下幸之助氏が苦労と努力を重ねてきた人であることは有名なことです。
 2つ目は、「なまじの口出しはしなくてもいい」という言葉です。これは、下手をすると、「しなくても良いならしても良いのだな」と解釈して、口出しをしてしまいそうです。
 ところが、実はそういう意味ではありません。
 この点は、例えば7/11の#147で「任せて任せず」という言葉によって説明されているように、従業員に任せている以上、経営者やリーダーの関わり方は非常にバランス感覚の必要な繊細な問題です。むしろ、任せる立場としては、基本的に、原則として口出しをしないこととし、口出しをするのは極めて例外的な場合に限る、と考えるべきでしょう。
 この「なまじの口出しはしなくてもいい」という言葉についても、その額面通り都合よく解釈しないように注意してください。
 3つ目は、経営モデル(従業員の自主性や多様性を重視し、どんどん権限移譲する経営モデル)との関係です。
 この経営モデルを、自由放任、という意味でその一面だけ捉えてしまうと、「目標」の位置付けが理解できません。本当に自由放任にしてしまうと、組織は一体性を失ってバラバラになり、組織であることの意味が無くなってしまいます。一定の規律付けや求心力が必要であり、経営者には、自由と一体性のバランスを取る匙加減の能力や感覚が求められるのです。
 このように見ると、「目標」は、組織の一体性を確保するための規律付けであり、各部門や各従業員が同じ会社の仲間を活用して活躍するための共通の基盤になります。つまり、自由と一体性のバランスを取るためのツールとして、この「目標」が機能するのです。
 さて、4つ目として、ここでの松下幸之助氏の言葉で特に注目すべき点もあります。
 それは、「部長でも課長でも、1つの部署を預かり、何人かの人を使う立場にある人」について、同じ発想を持つように説いている点です。
 これは、権限移譲が、経営者から行われてお終いになるのではなく、その先さらに組織の下部に対して行われることが必要、という点です。言われてみれば当たり前のことで、経営者が従業員の自主性や多様性を重視しようとしても、役員が全てを自分で取り仕切ってしまうと、意味が無いからです。
 けれども、特に組織が大きくなると、リーダーとしての地位や肩書をもらったことが嬉しくなってしまい、それを部下に権限移譲できず、自分が仕事をしなければ気がすまないタイプのビジネスマンが多く見受けられます。少なくとも、松下幸之助氏の磨き上げた経営モデルでは、このようなタイプのリーダーは組織に合わず、かえって迷惑なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、株主が経営者を選ぶ場合に参考にすべき経営者の素養を、松下幸之助氏の言葉から読み取るとした場合も、前日(9/4の#202)とほぼ同じ内容です。
 すなわち、組織の一体性と、従業員の自主性のバランスを取れること、「目標」が、単なる思い付きで簡単に決められるものではなく、責任感を持って十分練ったものを定めるべきこと、です。
 これに、ここでの言葉からさらに追加すると、上記のとおり、部長や課長に対しても、権限移譲するように説いている点でしょう。自分だけが従業員の自主性や多様性の重要性を唱えても、それだけで組織に浸透するわけではないのです。
 このように、会社組織の実際の状況を常に意識し、把握しながら、自主性と一体性のバランスを取らなければならないのです。

3.おわりに
 少し斜に構えた言い方になりますが、3つある段落のうち、1つ目と2つ目は、言ってみれば「自動的に動く会社を作り上げました」という自慢話であり、3つ目の段落こそ、本当に言いたかったことだったのかもしれません。すなわち、皆に自由に活躍してもらう会社を作り上げたんだから、部長や課長もそれを壊さないようにしろよ、というメッセージです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。




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