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経営の技法 #6

1-6 忠実義務と善管注意義務
 上の逆三角形の話に出てきた経営者の「忠実義務」は会社法355条に定められているが、その一方で、民法の委任契約に関する644条には「善良なる管理者の注意義務(善管注意義務)」という用語が出てくる。そのため両者の関係については、古くから議論がある。

2つの会社組織論の図

1.概要
 ここでは、「2つの三角形モデル」で重要な要素となる、忠実義務と善管注意義務について、その背景や実際上の問題を踏み込んで検討しています。
 まず、義務の内容です。
 善管注意義務は、一般に約束を果たす義務ですので、内部統制(下の正三角形)の構成員である従業員だけでなく、ガバナンス(上の逆三角形)の構成員である経営者も負担します。
 他方、忠実義務は、専ら投資家と経営者の関係で経営者が負担します。自己犠牲を内容としますので、経営者の利害と投資家の利害が対立する場合、経営者は投資家の利害を優先させなければなりません。
 次に、義務違反の場合の効果です。ここで、同質説と異質説の差が生じます。
 すなわち、同質説の場合には、善管注意義務違反の場合も、忠実義務違反の場合も、効果は同じであり、損害賠償責任が生じます。
 他方、異質説の場合には、忠実義務違反は善管注意義務違反と異なり、無過失でも介入権(違反者の取得した利益全てが委託者にそのまま移転する)が発生します。

2.同質説と異質説
 ここで、ポイントを2つ指摘しましょう。
 1つ目は、両者の違いです。
 同質説と異質説の対立点について、善管注意義務と忠実義務の義務内容が同じとするかどうか、に求める説明が見受けられますが、それは一般的ではないようです。ここで指摘されているように、「義務違反の効果」の違いの有無に求めるべきでしょう。
 2つ目は、本書での利用方法です。
 経営者も善管注意義務を負いますので、正確には「経営者=善管注意義務+忠実義務」とすべきなのですが、組織論として議論を整理する目的では、「経営者=忠実義務」として、従業員の立場と違う点を浮き彫りにします。法的に不正確ですが、内部統制とガバナンスの違いを鮮明に理解する目的ですので、ご了解ください。

3.おわりに
 同質説と異質説の対立は、立法論的なもので、既にその役目を終わったものと思っていたのですが、野村修也先生の解説から、現在の法解釈でも対立が生じうることを教えてもらい、非常に勉強になりました。
 また、その根本的な部分の理解は、ガバナンスと内部統制の在り方を理解し、使いこなしていくうえで、非常に重要であることも、理解いただけたと思います。従業員は、義務(命令)に従うべき善管注意義務しか負わないのに対し、経営者は、広い裁量権を有する代わりに、自己犠牲の義務を負う、という従業員とは全く異なる立場にあることの理解が不可欠だからです。

※ 『経営の技法』に関し、書籍に書かれていないことを中心に、お話していきます。
経営の技法:久保利英明・野村修也・芦原一郎/中央経済社/2019年1月


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