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松下幸之助と『経営の技法』#259

10/31 繁栄主義

~思想にも寿命がある。だからこそ、これからの新しい”繁栄主義”に期待したい。~

 僕はすべてのものに寿命があると思っています。例えば路面電車。今は、だんだんなくなりつつあります。文明の利器として市内電車があらわれ、「こらええ、便利なもんがでけたなあ」と、みんなが驚き、電車はどんどん増えていきました。それが今度は邪魔になったから取り払われてしまうまで、わずか60年ですよ。男の平均寿命の70歳よりも短いんです。
 思想でもね、資本主義という思想もあれば、共産主義もあるし社会主義もあるし、いろいろありますが、それぞれ何年間の寿命か、ということじゃないでしょうか。これにも必ず寿命があります。寿命があればこそ、新しい”繁栄主義”にバトンを託し、世の中の前進をはかる楽しみ、期待がもてる、というものです。
(出典:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 経営者が会社を率いて競争すべき戦いの場は、市場です。その市場の在り方に関し、松下幸之助氏は、会社を立ち上げた当初から、資本主義体制下での自由な競争が好ましい、と主張しています。その主張には、例えば江戸時代以前から言われていた「三方良し」に通じる思想も含まれており、一見すると普遍的な理想として語られているように見えます。
 けれども、ここで松下幸之助氏は、資本主義も1つのツールであって、いずれ寿命が尽きる、と看破しています。
 ベルリンの壁が崩壊し、社会主義や共産主義の実験が失敗したと評される現在から見れば、資本主義を社会主義や共産主義と同列に論じている点に、違和感を覚えるかもしれません。
 けれども、特に注目されるのは、資本主義の次に社会主義や共産主義が台頭する、と言っているのではなく、これら全ての次に「繁栄主義」ともいうべき「何か」が台頭する、と主張している点です。やはり、市場競争信者である松下幸之助氏にとって、社会主義や共産主義には合理性が感じられなかったのでしょう。そして、氏の表現の仕方から見ると、資本主義を完全に否定するのではなく、資本主義の要素が取り込まれた「何か」に期待しているようです。
 このことから見ると、松下幸之助氏は、競争の場としての資本主義の好ましい部分を十分理解しつつ、その限界も薄々気付いているのではないか、と思われます。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社内部の問題を考えましょう。
 市場で競争をしている会社の経営者として、会社組織の在り方や、会社活動の在り方は、資本主義での市場競争に合わせた形に仕上げているはずです。
 したがって、「繁栄主義」というべき「何か」が到来する際には、会社組織や会社活動をその「何か」に合わせたものに変えていなければなりません。ここでは、内部統制について全く言及されていませんが、評論家ではないのですから、そこまで考えるのは当然です。
 これが、評論家でない松下幸之助氏が、経済や社会のことに興味を持ち、時に独特な世界観を見せてみれるものの、自分なりの未来像を語る理由です。社会や競争環境の方向性をいち早く把握し、会社組織や経営方針、企業戦略などをそれに合わせて作り替えていく役割があるからこそ、コンサルタントや経済学者だけに頼るのではなく、自分なりの世界観や相場観を構築しようとしているのです。
 経済に関し、松下幸之助氏は素人です。素人の経済予測なんて、と馬鹿にすることは勝手です。
 けれども、天気予報の素人でも、各地方の農家は、農作物の出来を予想したり、作付けや収穫のタイミングを見極めたりするために、自分たちの方法で短期から中長期の天気予報をし、生活を支えてきました。
 経済の素人であっても、経営者は経済予測をしなければならないのです。そして、松下幸之助氏はそれを忠実に実践しているのです。

3.おわりに
 路面電車と資本主義思想が比較され、たとえ話に用いられる、というのは、ちょっとした驚きです。
 人にメッセージを伝える場合、たとえ話が非常に有効ですが、このようなたとえ話もあるのだ、という1つのお手本です。
 さらに、松下幸之助氏の思想が、抽象的なところから降りてくる演繹的な手法によって作り上げられるのではなく、現実の中からエッセンスが抽出される帰納的な手法によって作り上げられている、ということを、路面電車の話から感じました。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出典を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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