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サイエンスフィクションと不可逆性

熱力学第二法則という法則がある。

ざっくりと言うと、「この世の物理現象は不可逆変化である」ということを提唱する法則だ。

我々が生きている現実世界では時間の流れが不可逆であること、昨今のエネルギー問題を根こそぎ解決してくれるような"永久機関"は存在しないこと、など。書き下してみれば人間の叶わぬ夢を打ち砕く証明をするかのような法則だが、裏を返せばその叶わぬ夢には人間の弱さと儚さも見出すことができる。

だからこそ世の中に溢れる様々なSF作品でも間接的にこの法則の影響を描いた作品は非常に多く、それだけ重要な自然の摂理を説いた法則であるとも言える。

近年だとクリストファー・ノーランの『TENET テネット』はダイレクトに熱力学第二法則を描いていた。作中ではエントロピーという言葉も出てきていて、時間を逆行するということはエントロピーを減少させる働き、つまり不可逆な自然の摂理に逆らうことを意味していた。

『TENET テネット』ほど明示的にエントロピーという言葉を劇中で使用せずとも、タイムトラベルやテレポーテーションを扱ったフィクションは多く、それらの作品のほとんどは熱力学第二法則を破ることを題材にしていると言っても過言ではない。

これから本記事で触れるドラマも世に溢れたSF作品の1つと言ってしまえばそれまでだが、心に残るものがあったので書き留めておきたい。

『ザ・ループ TALES FROM THE LOOP』という作品

ドラマのタイトルは『ザ・ループ TALES FROM THE LOOP』。製作国はアメリカで、Amazon Prime Videoオリジナルドラマとして2020年4月から配信された。

知名度としては、映画レビューアプリのFilmarksを参考にするとレビュアー数は400名程度と、日本では知る人ぞ知る作品くらいの位置づけだろうか。

スウェーデンのアーティスト、シモン・ストーレンハーグのビジュアルブックにインスパイアされたドラマとして、製作総指揮マット・リーヴスのもと作られた。

1話50分程度、全8話オムニバス形式のSFドラマ。テーマとしては各話独立していながらも、登場人物も生きる世界もストーリーも全て密接に繋がっている。具体的には、「ループ」と呼ばれる地下研究施設の周りで生きる人々が登場人物となり、時系列的にも1話で起きた事象を踏まえて2話以降に進んでいく形式。

さらにテーマとしては異次元世界への誘いや人格の入れ代わり、時間停止など、"SFあるある"を扱っているため、SFファンなら興味を引くこと間違いなしだ。

静寂に見る不思議な魅力

本作はSF作品と何度も述べて紹介してきたが、例えば先にあげたクリストファー・ノーランやロバート・ゼメキスの作品のようにアクションシーンを散りばめた派手な演出も無ければ、巨悪を打ちのめすような高揚する展開も無い。

物語の核となる未来感に溢れたテクノロジーたちも、ここぞという場面で目立たせるのではなく、普段と変わらない生活の中でいつの間にか異世界に飛ばされていたり人格が入れ替わっていたりといった形で作用している。あくまで日常の延長線上に、未知なるテクノロジーが溶け込んでいるのだ。

凪のようにゆったりと流れる時間の中で、郷愁を誘うような音楽を背景に不思議な現象が起こっていく。さらに時には音楽もセリフも無くなり、ただの風景や登場人物の行動のみが静寂とともに映し出される。

その描写の画角も素晴らしく、登場人物の心境を思う余韻が生まれていて素晴らしい。

もちろんSFならではの異質さも十分に表現されていて、例えば作品のサムネイルとなっている画像は、第5話『コントロール』にて登場する、人間が操作するロボットである。普段は配線修理を生業として普通の家で家族と暮らしている中年の男が、突然大型のロボットを手に入れて家の前に配置するのだ。我々の住む世界でもいずれ有り得そうな光景だが、その異物感と奇妙さはなかなかに滑稽であった。

サイエンスでもフィクションでも届かない

様々なテクノロジーが現れてその価値を享受する登場人物たちだが、同時にその不可逆性にも悩まされることとなる。話はこの記事の頭に戻るが、何のエネルギーも加えずに"0"を"1"に変換した後に"1"を"0"に戻すことは不可能であって、表面上は上手く変換されていたとしてもそこには何らかの代償が伴う。

タイムトラベルだろうと時間停止だろうと、兎角SFで描かれる未来の技術は、「初めは夢のように思えたものの、その実なんらかの代償を払っていた」というパターンが多い。欲に溺れた人間の愚かさが暴かれる末路もあれば、バタフライ・エフェクトと呼ばれる現象のようにあちらが立てばこちらが立たないという結末を辿ることもある。

詰まる所、どれだけ技術が進歩して社会が発展しても届かない領域が存在する。熱力学第二法則は決して破れないのである。

それは同時に、万物の消耗であったり、生物の老衰であったり、現在から未来への時間の消費であったり、まさに今刻一刻と我々の身の回りで起きている変化が避けられない事象であることを示唆しているとも言える。

「そんなことは当然」と分かっていながらも、それでも自分の願いを叶えてくれると甘い勘違いをして希望を抱く人間の愛おしさと、決して人智の届かない領域で自然の摂理を守りながら輪廻を繰り返す生態系の美しさを感じた作品だった。

作品を観終わった頃には『ザ・ループ』という言葉がいくつもの意味を持つように思える。深読みだろうか。

ドゥ二・ヴィルヌーヴ監督作『メッセージ』がふっと頭に浮かぶ作品。『メッセージ』が好きな人なら多分ハマる。

#エントロピー って、この先ほぼ使わなさそう。笑

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