不協和音(8)
昔から五線譜なんて大嫌いだったし、必要な奴らが好きでやってればいい。楽器やってる奴なんて中高生の時には周りにいなかったし、そんなカテゴリーに自分が関わることになるなんて考えもしなかった。
もともと音楽の授業なんて科目の中では嫌いなランキングのダントツトップだったし、音符や楽譜なんてお上品なご家庭でしか縁がないものだと信じて疑わなかった。テストのたびに音楽さえなければもっと良かったのにとか、要するに邪魔な勉強のトップだったわけだ。
音楽室の壁に貼ってあるどこぞの国の巻き髪のオッサン達、クラスに一人はいるけど合唱祭でしか目立たないようなピアノが弾ける女子、そんな音楽に関わる全ての物事が自分とは交わることのない遠い世界の存在だった。
そんな音楽に対する関わり方が変わるきっかけは、城が十八歳のときに起こった。
入学した大学で同じ学年、同じ学科にいたその男は、いかついガタイで長髪、聞いたこともない英語の黒いTシャツにギターケースを肩からかけていつも学内を歩いていた。一緒に行動しているのもなんだかムダに強そうな男ばかりで、少なくとも自分とは関わりのない人種だと思っていた。
しかし、講義が始まると城と彼にはお互いの存在をどうしても意識してしまう関係があった。城が講義を休めば彼に気づかれるし、彼がいないと城も必ず気づく。それは学内で見かける頻度や座る席のせいではない。共通の友達がいたりサークルが同じわけでもない。
二人は出席の点呼が並んでいたのだ。「才賀」「城」と呼ばれる順が連続した苗字であること、それが彼らを互いに認識させる理由だった。学食か図書館かそんな細かいことは覚えていない。テスト前のノート貸しや学食でたまたま近くに座ったのかもしれない。どこかのタイミングで誰かがその名前を呼ぶのが聞こえたのだ。
「おい才賀、こっちこっち」
「城ちゃん、ここ取っといて」
お互いに聞き慣れたその名前の主がどんな奴なんだと目を向けた瞬間、あまりにもバッチリ合ってしまった目を話すことが気まずくなってお互いに妙な会釈と薄ら笑いを浮かべてしまった。
「お前が城なんだ」
「あんたが才賀?」
二人は意外にも点呼での繋がりでお互いを認識し、それ以降会話ができるようになった。周りがどう見てもルックスには接点が見当たらないという仲はここから始まった。
その頃から周りの友達も特に共通していなかったが、彼が所属していた軽音楽サークルには城も興味があった。彼自身が学内でギターを持ち歩いていたといっても特にサークル活動をメインにしていたわけではなく、実際は大学が終わってから趣味でやっているバンドのためだということは後で知った。
それまで城の周りに楽器を弾く人はいなかった。しかし才賀は誰に習うでもなく自分が弾きたい曲を自分の意志で選択し、課題や発表会なんていう目標がなくても自分とバンドのために練習をする。その姿が城にはただただ新鮮であり、当時は身近にいながら違う世界の人間だと思っていた。
その後学園祭で見た姿も相当強烈だったが、同じくらいよく覚えているのは市が主催のフェスティバルで一般枠の出演バンドの公募があり、才賀が組んでいるバンドが出演するステージを見に行ったこと。数あるテープ審査がある中で選ばれた数組のバンドのトリを飾り、壇上で勇ましいギターを弾いている才賀が自分の友人なんだということに勝手に誇らしげな気持ちを抱いていた。
祭りの雰囲気も賑やかな空気も一変させるほどその圧倒的に激しい演奏は、弾き出した一瞬にしてその場にいる人々に強烈な違和感を残した。バンド全体の演奏が他の出演者より明らかに群を抜いて騒々しいことを差し引いても、右手にそびえ立つ彼の存在感はそれ程際立っていた。
長髪を振り乱して上から降り下ろされたその手はギターではなく何かを殴りつけるような勢いで空気を変え、それまで祭りの和やかな音楽を鳴らしていたスピーカーすら凶器と化した。子供は耳を塞いで遠ざかったし、ある者は動きを止めてその異質に見入っていた。
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