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不協和音(17)

冷静に他の演奏陣を分析していた城だったが、後の三人から見て一番驚かれたのが自分だという自覚はまるでなかった。城の演奏は技術うんぬんではない、その音がまず他のベーシストとは一線を画す堅さを持っていたのだ。

彼女自身は自分の音を今さら分析する必要もなかったが、その打弦の強さはピックでも指弾きでもアタック感の訴求がハンパない練習に裏付けられていた。機材にうるさい宮路などは一瞬「何を使ってるんだ?」とばかりに城の足元を見たが、エフェクターの類は一切ない。城は自分の指とアンプの使い方だけでその異様な圧力を出していた。

さらに演奏に合わせたその動きは結んだ長髪を振り乱すほど激しいもので、小さな身体にも関わらず曲のノリを全身で表現することに他人の追随を許さない熱さがあった。何をどうしたらこれだけ動くベーシストが出来上がるんだ、と成田でさえ目を疑った。直接誰かにベースを教わったわけでも、身近に影響を受けるほど個性の強いベーシストがいたわけでもない。

強いて言えばギターを弾く時の才賀だ。違うのは彼が出す神々しさに対して城のそれは何かが乗り移ったかのような一種破壊的な様相を帯びていた。曲の勢いを活かすも殺すも、それは演奏して曲を体現する者だけが産み出せる生身のものだ。その想いは直接言葉にされることはなくても、こうしてベースである城に他でもない個性となって宿っていた。

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ベースとして自分の役割はどうあるべきか、曲とメンバーが決まったらバンドを俯瞰して城は考えるようになっていた。これまでのバンドでも自分の音作りを意識してこなかったわけではない。ただ今回は比較的太い音を出すことを求められているし、リフで音圧を出すためにベースのサウンド自体に厚みが必要だと感じていた。

スタジオの利用者の中でいろんなバンドマンと接する城であっても、ベーシストは驚くほど音作りに無頓着な人が多いことを日頃から感じていた。ギタリストは個人差はあれど誰もがエフェクターやシールドにまでこだわり、バンドの中で自分を効果的に出す術を日々模索している。

それに対してベーシストはごく一部を除いてほぼアンプに直接シールドを繋げるだけだし、ツマミの音作りに関してもどうしたらいいのかたまに尋ねられることもあるが、本人の主張がないとこちらとしてもアドバイスのしようがない。

自分の音の輪郭を決めるにはまずはそのベース自体の特性を理解しつつ、さらに言えばバンドの中で何が多くて何が足りないかを意識する必要がある。ベースがバンドの中で接着剤の役割を果たすと聞いたのはどこかの音楽雑誌だったが、確かに上手いこと言うなと思った。

ギターは一つのバンドに二人いても問題ない。市販のCDだってバンドの音源のギターは一本ではなく複数重ねてあることが常識だ。ただアマチュアの場合厚みを重視するわけでなければ一人でも事足りるし、その分のスペースをフレーズなり低音でベースが埋めればいい。

城はそれまでずっとパッシブのベースを使ってきた。経験上エフェクターにこだわらなくてもアンプの歪みで事足りたし、これまでのバンドでそれ以上の必要を感じてこなかったこともある。しかし最近はお客でも9Vの電池入りでパワーがあるアクティブ型のベース使用者が増えつつあり、事実城が好きなバンドのベーシストも五弦ベースやアクティブ寄りの志向がある。

そろそろ一本増やすにはいい機会かもな、と城は判断した。このバンドには分かりやすい「重さ」を足してやる方がきっと向いてる。

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