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不協和音(5)


少女マンガでバンドものにありがちなことを考えていた矢先、VOLTに自前の録音機材を持ち込んでもいいかという男性の問い合わせがあった。聞くとハンディ型のレコーダーとギター程度で大した機材でもないのだが、スタジオで鳴らしたギターの音を録音したいとのこと。ギターを直接レコーダーに差し込んで音色を加工するのではなく、その人は実際にアンプで鳴らした音をマイクで拾いたいのだと言う。


こだわりある人なんだな、と城は感心して聞いた。音色を変化させる機能や録音した後加工することも容易なことがデジタル機器のウリだが、本来CDで聞けるエレキギターの音だってスタジオでアンプを鳴らした音を拾った「アンプ録り」と、ギターからシールドを直接録音機器に繋げた「ライン録り」とを選択することは常識だ。


ライン録りは音の輪郭がシャープになる反面、線が細くなることは避けられない。それに対してアンプ録りは輪郭より音の立体感や厚みが明らかに加わる。エレキギターやベースがそもそもアンプで音を出すことを前提で作られている以上、アンプ録りは当然必要な要素ではある。ただ日本のように住宅環境が厳しい場合は機器にギターを直接差し込んでライン録りをメインで行い、そこにアンプのような音色の変化を加えるアンプモデリングも常識となっている。

有名どころの様々なアンプの音に加工できるメリットは非常に大きいが、城はアンプから出すエレキの音がとても好きだったし、アンプに対してマイクを立てる距離や高さ、方向一つで音色が変わることをよく理解していた。問い合わせの主がどこまで求めているかは知る由もないが、個人でもそのためにスタジオを借りたいと言うお客に城は興味を持った。


そして翌日。実際に現れた男性はそんなに神経質な感じはなく、むしろ物腰が柔らかく好感が持てた。男性はスタジオ自体を使用することは初めてらしく、アンプのセッティングからマイクの立て方を伝えることから始めた。

それだけで半時間ほど要したが男性はある程度納得したらしく、「あとは自分でやってみます」と答えたので城は仕事に戻った。予約終了となる二時間後、片付けも終えて出てきた男性に聞いてみた。


「お疲れ様でした。普段はお一人で録音とかされてるんですか?」


「ええ、一人ですね」


「ギターの他のパートの音はどうされてるんですか?」


「それも自分で作ってますね」


「ギターはいいとして、ドラムとかも打ち込みで?」


「ええ、でもドラムの生音が欲しかったので今日はドラムセットも少し使わせてもらいました」


そうか。ドラムの生音も今日ゲットするためにスタジオ使ったんだ。ん?


「ドラムも叩けるんですか?」


「いや、人並みです。でも生ドラムは持ってないので納得する音を出すのに結構時間がかかってしまいました」


なんかいい人っぽいな。


「あの、よかったらそこに貼ってあるメンバー募集のビラ見てもらえませんか?」


我ながらうまい口説き文句だったなと後から振り返って城は自分に感心した。しかしバンドに加入するのは初めてだというのにその場でビラを見て即決してくれた宮路という男性は、その時点では何ら不安な様子は見せなかった。

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