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不協和音(9)

今でも楽器屋やスタジオにはその店で決まった形や手作りのメンバー募集チラシが溢れている。楽器人口の多い都会であればそう苦労しないのかもしれないが、地方都市では同じような音楽性を持ったメンバーに出会えることはそう簡単なことじゃない。


それもただ音楽の好みが合えばいいというものではない。誰だってあまり歳が離れた集まりは好まないし、学生さんがプロ志向で本気でやるものもあれば既に社会人として働きつつ趣味で続けたいというアマチュアも大勢いる。


そういった方向性で一致しても、上手いことパートが被らないメンバーが集まる保証はどこにもない。バンドメンバーでおそらく一番多いギターはまだしも、ベースや特にドラムに至っては探すことすら難しい。かと言ってボーカルは簡単かと言えば、カラオケレベルでそこそこ上手い人が入っても生楽器に合わせることはまた違った緊張感がある。なんせ楽器隊もアマチュアなのだ。

リズムの狂わない完璧な演奏が約束されているわけじゃないし、どちらかと言えばボーカルの方がズレる楽器に合わせて歌える技量すら必要な部分もある。
ギターやベースはどこかの教室で習った経験者なんて稀なもので、だいたい好きなバンドなりアーティストがきっかけで独学で始める人がほとんどだから、知識もレベルも見事にバラバラだ。バンド経験自体も多かったり少なかったりすることで、さっきのボーカルと同じく人の演奏に合わせるというコミュニケーションの部分から全てが始まる。


世の中に数多溢れているように見えるバンドだって、初めは同じようにくっついたり離れたりを繰り返しながら続けてきて、世に出るまでの紆余曲折はどのバンドだって一冊くらいは本が書けるくらいの歴史はあるだろうと思う。

大学を卒業した後、在学中にバイトをしていたイベント企画の会社にそのまま就職することになったまでは良かったが、正社員になると途端に扱いが変わったことには驚いた。時給で働けたバイトと違い、残業は当たり前だし休日出勤も重なるようになると城は半年耐えて辞めた。これでもけっこう我慢した方なんだけどと言いたかったが新卒半年で辞めた城をフォローしてくれる大人は当時少なかった。


そんな気持ち的に腐った二ヶ月ほどの間、失業保険の申請すら面倒くさいと思っていた城は何かポジティブになれることがないかと考えるうちに、ダメで元々なんだからと自分に言い聞かせて楽器に思い当たった。きっと学生の頃に見た才賀の雄姿が大袈裟でもなんでもなく忘れられなかったのだと今なら思う。在学中には彼のレベルの高さに理解の範疇を超えた憧れを感じたものだったが、自分が演奏する立場なら違う方向がいい。その選択肢がベースという形になった。


憧れがあったにもかかわらず真っ先にギターを選ぶ気にならなかったのは、才賀の姿を思い出すたびにあのスタイルに自分が近づけるという想像がどうしてもできなかったからだろう。上手い下手を超えて自分の頭に刷り込まれた明確な姿を、きっと自分は自分の形を磨くことでしか追いつけないとぼんやり考えていた。そんな気がする。

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