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育っていくさまを淡々と見続けるということ

大学も最終年の息子が、最近髭を生やし始めた。遅ればせながらの歯列矯正で、笑うたびに口元がキラっと光るのが恥ずかしいらしい。ま、誰も見ちゃいないのは重々承知だけど、、ということだが、この自意識のおかげで、母親念願の「髭を生やした息子」を見られる日がとうとう来た。

小さい頃は不二家のポコちゃん。中学生ではのだめカンタービレの玉木宏、高校でジャズを始めた頃からはスカパラの谷中、、と、息子はいわゆる濃い顔族だ。だから髭は似合うだろうなとは思っていた。

高校でフットボールをやってる時は背だけ高くてガリガリだった。年中コーチに「体重増やせる?」って聞かれて笑ってたが、サックスを吹く時はむしろその細身がジャズっぽい雰囲気に貢献してた。大学になり、ジム通いに加えてプロテイン作戦で自由自在に体型を変える技を覚えた。そしてしばらくでっかい人だったが、それに飽きて最近はまたサイズダウンしている。そしてここにきての髭面である。

そうそう、年齢は違うが、つい最近まで観てたVIVANTの阿部寛と同じ毛量と配置の髭面だった。ドラマを見てるとちょっとだけダブる瞬間があって、内容と全く関係ないところで笑ってしまっていた。

たかが髭、されど髭。夫が髭を剃っても生やしても、「うん、どっちも似合うんじゃない?」だが、自分の子供が大人になって、とうとうVIVANTの野崎になる日がきたとなると、感慨深いことこのうえない。

ついさっき、夫と息子が揃って出かけて行った。帰りは夜中なので、それとなく運転は君がしてねと頼んでおいた。夫はそこまで年じゃないが、暗闇での動体視力はとうてい敵わないだろうから。

息子の姉である娘はいま会社勤めを一旦中断して留学中だ。こちらも最初の数週間でいろいろ経験し、それはまるでコメディー映画のような珍道中だったが、今やっと落ち着いてきた。

季節がどんどん秋そして冬に向かっていっているせいか、まわりの全てのものが感傷的とはちょっと違う、なんというか物語のように感じられて、自分の家族のことなのに、俯瞰で見ている気分だ。

ただこの週末ふと思った。基本的に、子が自分で育つ力は計り知れなくて、親の想定やサポートの限界を軽く超えてくるものだけど、だからこそずっと見守っていきたいなと。そして見守る存在があるという小さな幸せに感謝せねば、、そんな気持ちになれた秋晴れの午後だった。




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