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『ジェダイだってあの体たらく』創作日記⑤ 深淵をのぞく時

 あの話を聞くまでは、不倫というものに興味がなく、友達から不倫を打ち明けられても、「ふーん、そうなんだ」と思うだけ、芸能人の不倫話で盛り上がる保護者仲間には「なんて暇な人たちだろう」と呆れていたものです。


 あの話を聞いたのは、派遣社員としてB社で働いていた時でした。

 B社は、就活生に人気の高い会社で、派遣先だった本部の社員は皆さん、高年収の上に東京から転勤することもほぼないんですね。有名な会社ということで、派遣で働いているだけで羨まれるほどでしたが(派遣の時給は普通でした)、実際には、派遣の仕事自体はとても楽なのに、社風がブラックすぎて、続けるのを迷ってしまうような会社でした。

 前に「人事派遣をしていた会社では、盗撮で逮捕された社員が数人いた」と書きましたが、あれはこのB社の話です。
 最初の事件を知った時、「この会社でこんなことが」と驚きましたが、社員の人たちは、困ったことだが、対応には慣れているという様子でした。実際、その後にも(それほど長く働いていたわけでもない&本部の社員数はそんなに多くもないのに)二件同じことがありましたし、私が辞めた後には、社員が露出で逮捕される事件までおきました(これは社名付きでネットニュースに出た)。

 もちろん、どんな犯罪でも「ストレスのせいだった」などという言い訳は通用しませんが、彼らの働きぶりを見ていると、これほど非人間的な暮らしをしていれば、どこかに歪みが出るのも当然だと感じたものです。
 
 ブラック企業にも色んなタイプがあると思いますが、B社の場合、本部で働く社員は「一握りのエリート頭脳集団」という感じで、ひたすらデスクワークに明け暮れていました。パソコン作業と会議しかやっていないのに、帰宅が深夜になることも珍しくない職場だったのです。
 また、取引先も身内(関係会社)ばかりだったり、出張にはもれなく上司がついてきたりと、四六時中同じ人たちとばかり顔を合わせなければならないような、逃げ場のない環境でもありました。
 疲れ切った表情と、上司からの締め付けに怯える目。直接数字が動く部門ではないのに、あのプレッシャーは何なのだろうと今でも不思議に思います。

 この会社以上に待遇の良い転職先などそうないとわかるので、追い詰められても、退職という選択肢が浮かんでこないのでしょうか。
 受験戦争を勝ち抜いてきた高学歴の人たちばかりなので、上司に言われたことを疑いもせずに受け入れて、身動きが取れなくなっていた面もあるかもしれません。

  B社には今も連絡を取っている人がいるのですが、あれから複数の自殺者が出て、鬱休職者も多いといった話を聞くと、「盗撮をした人たちは、あの状況から抜け出したくて、(無意識のうちだったにしても)自らカタストロフを選んだのではないか?」とも考えてしまいます。

 そういえば、B社はセクハラも多い会社でした。
 前の勤務先やその後働いた会社でも、セクハラはありましたが、「ノリの良い男性がつい口をすべらす」というパターンが多く、私自身は適当に流すことができました(どんなパターンであれ、セクハラは許せないという考えがあるのは当然ですし、部下にセクハラの相談を受けた時は、流したりはせずに対処していましたが)。
 でも、B社では、話をしたこともない社員が平気でセクハラを仕掛けてくるんですね。しかも、「飲み屋でもこの言葉はないだろう」と思うようなやらしい言葉で。

 仲間の派遣の人たちは「エリートだからって、何をしてもいいと勘違いしている」と憤っていましたが、それもいくらかはあるにしろ、この年になっても女性との距離感がつかめない人たちなのだろうなと思っていました。
 大学時代にも、それなりにいるタイプだったので。中高六年間男子校で、ほぼ女子と喋らず思春期を過ごした人たち。男子校出身でも皆がそうなるわけではなく、ごく一部の人たちですが、決して珍しくはないタイプでした。
 距離感がつかめないので、些細なことでストーカー化したり、逆に、女性を見下す発言をしたり(私は、サークルの集まりで「ここ、空いてるよ」と隣の席をすすめただけで、ある男子に付きまとわれ、散々な思いをしました)。
 女性に害をなす人とは逆に、女性の見え見えの手管に騙されて、心を病む人もいました。近付いてはいけないタイプの女性に惑わされ、挙句、てひどい失恋をして、留年したり、人格改造セミナーに大金を払い込んだり……。

   
 B社の盗撮犯やセクハラ社員たちは、女性との距離感がつかめず、加害者になった男性だと思いますが、私が不倫に関心を持った事件では、男性が被害者になりました。

 ある課長が、社長や役員に何か言われるたびに、夜食用のポテトチップスをデスクに撒き散らし、手でつぶすという奇癖の持ち主でした。B社の上層部はパワハラ傾向の人が多いらしく、人事の人たちも彼らとの面談を嫌がってはいましたが、チップスつぶしは、ちょっと過激すぎる。誰か注意しないんですか? と訊ねると、あいつだけは、どれだけ荒れても仕方ないと思われていると人事課長が教えてくれました。
 私たちが働いていた頃は、事務仕事は派遣がやっていましたが、課長たちが若い頃は、短大卒の事務社員がいたそうです。チップス課長は年上の事務社員とデキ婚したのですが、実は、その子は課長の子どもではないという話でした。
 いわゆる、托卵ですね。昔、芸能人でも話題になりましたが。
 些細は省きますが、チップス課長は、奥さんと社内不倫をしていた上司の子どもを育てる羽目になったのです。私の作品に登場する直江のようにDNA検査を望めば、そんなことにはならずに済んだはずですが、関係を持った女性の言葉を疑う心がなかったのでしょう。

 奥さんと上司は、結婚後も付き合いを続けていたので、上の子がその上司の子どもなのは間違いないが、他の子どももわかったものじゃないと人事課長は話していました。

 その話を聞いた時、どうしてそんな残酷なことができるのだろうとショックを受け、不倫に対する眼差しが変わりました。いじめや計画殺人、レイプなどと同じように、想像を絶する残酷さを内に秘めた行為なのだろうかと、考えるようになったのです。

 盗撮で退職に追い込まれた人たちと、托卵を仕組んだ二人の罪の深さを比べてしまったり。
 盗撮、度を越したセクハラ、托卵。B社には、何か人を損なうようなものがあるのだろうか。環境が人を罪にいざなうのだろうかと考えてしまったり(寺田を苦しめた阪本という男も、モデルはB社の社員です)。
 人について考える時、B社で見聞きしたことを、思い出さずにはいられません。
 一流企業と呼ばれる会社での話です。

あと二回で完結です。私なりに、深淵をのぞきこんでみました。


 
 
 
 
 


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