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映画感想文 濱口竜介監督作品『寝ても覚めても』

 今日は、アカデミー賞の発表の日でしたね。好きなアーティストが受賞したので、職場で顔がにやけてしまいました。主演女優賞のミシェル・ヨー、長編アニメーション賞のデル・トロ監督。デル・トロ監督は、実写(2016年の『シェイプ・オブ・ウォーター』)とアニメ、両方で受賞したことになります。脚色賞のサラ・ポーリー。デル・トロやサラのように自分の世界観を曲げないアーティストが報われる時代になったんですね。人種や性別だけではなく、作風においても多様性が重視されるようになった証だと思います。

 主演男優賞のブレンダン・フレイザー、助演男優賞のジョナサン・キーがどちらも娯楽大作で有名になった俳優さんなのも、興味深いです(フレイザーは『ハムナプトラ』シリーズの主演、キーは『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』の子役)。

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 さて、去年のアカデミー賞で国際映画長編賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』が良かったので、濱口竜介監督の別の作品を観てみました。



 主演の二人(東出昌大と唐田えりか)の騒動の時にこの映画のタイトルを耳にしていたのですが、日本のドラマや映画をほぼ観ないので、渦中の二人をよく知らない…。東出さんでさえ、名前だけはかろうじて知っているという程度。なので、スクリーン外のことにはあまり惑わされずに観ることができました。
 まあ、一切惑わされないというわけにはいかなかったですが。監督も、東出さんをイメージしてセリフを書いたと語っていらっしゃいましたし、二役演じるうちの一人に似ている方なんだろうなと考えてしまいました。もう一人は、東出さんのオルターエゴ(世間向きの顔)でしょうか。……などと現実世界とリンクさせた話はここまでにします。

 濱口監督は、この映画を撮った後で村上春樹さん原作の『ドライブ・マイ・カー』を撮るわけですが、何となく、この作品の方が村上さんの世界観に近い気がしました。非現実的な物語なのに、心理描写がとてもリアルなので。

 ヒロインの朝子は、私とは似ている部分が一ミリもない女性なんですね。普通なら、そういう女性が出てくる映画を理解するのは難しいはずなのですが、この映画の場合、「あー、彼女の場合、こうなるわなぁ」とすごく合点がいく。 
 仙台から東京まで一人で運転して、家に着くと床に倒れ込んでしまった亮平に、朝子は靴下を脱がせて、足ツボマッサージをしてあげるんですね。
 可愛い女とは、こんな女性のことなのかと合点がいきました。足ツボマッサージ。誰かにそんなことをしてあげようなんて、考えたこともないです(夫に英国式足ツボマッサージ店のチケットをプレゼントしたことはあるけど)。
 世界には、男性の靴下を脱がせてあげて、足ツボマッサージをする女と、そんなことは想像もしない女がいるのでしょう。両者は決して混じり合わない。

 別に、朝子のような娘が嫌いなわけではないですが。性格は良いし、気遣いもできるし、「ふわふわして見えるのに、思い込んだら一直線」と朝子の友人が言うように、わかりやすく、嘘がないので、同性としては付き合いやすい相手なんじゃないかな(自分と友達を比べてしまう人は、朝子のような女性には近づかない方がいいと思いますが)。

 元カレと瓜二つの今カレという設定は別として、ロクでもない元カレを忘れられずにいる女性、ロクでもない男性ばかり好きになってしまう女性、選んではいけない人を選んでしまう女性などなど、朝子を思わせる女性は決して少なくないですよね。私も、親しい友達は自分に似た足ツボマッサージを知らない子ばかりですが、職場の同僚には朝子に似た子がいました。彼女も麦(元カレ)のようなタイプばかり好きになっていたっけ。亮平(今カレ)のような男性が思いを寄せてくれても、退屈に思うらしい。
 私自身、真面目で優しい(だけの)真っ当な男性にはあまり興味がないので、彼女の気持ちはわからなくもなかったですが。私の場合、オタク系の変わった男の子たちと気が合ったので問題なかったけど、その方面が苦手なら、麦のようなアーティストor放浪系or問題児系の男性を好きになる道しかないのかもしれません。
 映画の中の朝子はとても魅力的なので、一度道を踏み外しても許してもらえそうだけど、普通は、そんな風にはいかない。どこで、夢から目覚めて現実を生きるのか。
 それに、朝子には、現実の世界につなぎ止めてくれるものがあったから(多分、震災後のボランティアや宮城県の人たちがそれ)、夢から覚めることができたけど、実際には、夢を現実と勘違いしたまま、引き返せないところまで行ってしまうことも多そうです。

 別に目覚めなくてもいいんですけどね。昔とは違い、女性も一人で生きていける時代ですから、好きなように生きればいい。最終的に、不幸に沈み込んだり、全てをなくしたりしたとしても、それはそれで悔いのない、幸せな生き方なのでしょう。亮平の立場になったことがある男性にしてみれば、ふざけんなよと思う話かもしれませんが。
 

*若くして寝たきりになった友人を前にして、朝子が自分の悩みで泣いてしまうシーンも、とてもリアルでした。普通は、相手の境遇に圧倒されて、一時的にではあっても、自分の悲しみを忘れるでしょう(それを偽善と呼ぶ人もいるかもしれませんが)。でも、自分の悩みで気持ちがいっぱいの朝子は、相手の悲しみを自分の悲しみに結びつけてしまう。そのことを正直に口にするのは朝子が嘘のない性格であることの証なのかもしれませんが、同時に「こういう人は、心の奥底ではエゴイストなんだよな」とも感じてしまいました。ナチュラルに、心の命ずるままに動けばエゴイストにならざるを得ない。本当に怖いのは、朝子のような女なんですよね…。
 


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