『蛍の光』 作/ 森下オーク

 むかしむかしの、ある海辺の街でのお話しです。

 古びた家の2階の窓辺から、男の子が、ぼんやりと夜の街を眺めています。男の子は、一人で静かに泣いています。

 階下では、お兄ちゃんと、お母さんが喧嘩しています。窓の外でも、近所のおじさんと、おばさんが罵り合っています。男の子が通う学校でも、毎日喧嘩があり、男の子もたびたび巻き込まれては、殴られるのでした。

 男の子は、毎日泣いていました。優しかったみんなは、いつの間にかに、怒ってばかり。怒っては、罵り合って、喧嘩ばかり。喧嘩して、にらみつけては、また喧嘩。もう、一緒に遊ぶこともありません。

 ある夏の日のこと、男の子が、いつものように窓辺で泣いていると、一匹の蛍が、黄緑色の仄かな光を携えてふわふわと飛んできました。男の子はその美しさに、久しぶりに心が晴れました。

 次の日も、その次の日も飛んでくる蛍に、男の子はとても嬉しくて、毎日、家に帰るのが楽しみになりました。そうして、蛍に毎日、楽しい話を聞かせました。
 
 学校の行く途中に見つけたカエルの卵の話、空にかかる飛行機雲の話、昔、浜辺でお兄ちゃんたちと遊んだ話。蛍は静かに光りました。

 そんなある日、男の子がいつものように蛍に話しかけていると、ガチャンとドアが開いて、お兄ちゃんがズカズカと入ってきました。お兄ちゃんは、男の子が誰かと話しているのを隣の部屋で聞いて、不思議に思っていたのでした。お兄ちゃんは、窓辺の蛍に気づき、手を伸ばして捕まえようとしました。

 蛍は、すぅ~と、空に浮かびます。お兄ちゃんは、自分の部屋に戻ると、虫取り網をもってきました。

 男の子は、蛍を逃がそうと、蛍と一緒に窓から逃げました。さぁ、それからが大変です。お兄ちゃんは、虫取り網を手に、大きな声をあげながら追いかけてきます。それを聞いたお母さんも、肉屋のおじさんも、本屋のおばさんも、街の子どもから大人まで、理由も分からないままに、蛍と男の子を、みんなで、追いかけてくるのです。

 蛍はふわふわと、だけれども風に乗ってすごいスピードで逃げました。男の子も必死に逃げました。男の子がふと、後ろを振り返ると、不思議なことに、大きな光の渦ができています。たくさんの蛍が集まって、光をたずさえ飛んでいるのでした。その後ろから、お兄ちゃん!街の人たちが怖い顔をして追いかけてきます!もう、何が何だか分かりません。

 とうとう蛍と男の子は、岬の先まで追い込まれました。岬の丘を登りきったとき、男の子の目には、大きな満月と、海の上に輝く、光の道が真っすぐに飛び込んできました。蛍と、たくさんの蛍たちは、その満月の光に導かれるように、光の道を飛んでいきました。

 「いかないで!」
 男の子は、泣きながら大きな声をあげました。

 追いかかてきた街のみんなも、その光の光景と、男の子の大きな声に、あっけにとられました。

 すると、ポン!ポン!と、音を立て、みんなの身体から、何やら光の玉が飛び出しました。みんな、バタバタとその場に倒れていきます。みんなの身体から飛び出た光の玉は、ギザギザにとがっていました。男の子からも、ポン!と音を立て、光の玉が飛び出しました。男の子の光の玉は、ひび割れて、今にも壊れそうでした。みんなの光の玉は、蛍たちと同じように、光の道へと導かれていきました。

「僕たちの光は、あの光の世界から与えられたものなんだ。夏のこの瞬間だけ、僕たちはその光をもって、僕たちの生命を謳歌させるんだよ。そして、また新しい生命を歌うんだ。君も君の光を大切にしておくれ、そうして、僕たちの生命は続いていくのだから・・・。」 男の子は、声をききました。あの蛍が話しかけてくれたのでしょう。 

 男の子や、みんなの光の玉は、まるで満月のような美しい玉となり、みんなのところへ帰って来ました。そして、またポン!と音を立て、みんなの身体へ入っていきました

 男の子は涙を流しながら目覚めました。彼の傍らでは、お兄ちゃんやお母さん、街の人たちが心配そうに見つめていました。

おしまい。

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