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巷間の文化論「近所づきあい」

 文化が理想を目指す精神活動と共に技術を通して自然を人間の生活目的に役立てるための生活様式でもあるとの解釈からすると「近所づきあい」も文化の側面をもっていた。過去形で表現したのは核家族化と個人情報保護と高度経済成長で「近所づきあい」が激減し、今またコロナの流行で壊滅状況に陥っているからである。
 町内会会長や氏子委員のなり手がないばかりではなく、町内会の組織率が50%程度に低下している。原因はゴミ当番が嫌だったり班長・理事・役員になりたくなかったりするせいである。組織率の低下は加入圧力のない高浜市だけの現象かもしれないけれど、他市でも住民意識は似通ったものであると思う。ゴミ当番や除草作業や役員をやることによって「近所づきあい」文化を細々と保ってきた。今また、葬式での「近所づきあい」がコロナ感染症蔓延で親族以外は出席を拒むようになった。共働きの核家族では「近所づきあい」は面倒で厄介なものである。子供が独立し夫婦が年老いてきても、同居していれば別だが、核家族では親の代に見てきた「近所づきあい」の復活は難しい。
 東北大震災は「近所づきあい」を見直す機会だった。津波から身を守る手段は情報と住民相互の協力である。情報はテレビ・スマホなどから得られる。しかし「近所づきあい」がなければ隣近所への声かけさえ十分にできるかどうか疑問が残る。まして自力歩行が困難な高齢者や障害をもつ人々の救助はできない。第一、「近所づきあい」がなければ寝たきりの隣人の生命の危険が察知できない。津波においては他人を見捨てても自分の身を守ることが大切かもしれないが、人間の進化の本質である集団による協力や助け合いを知り合いではないと言う理由で簡単に切り捨てるべきではない。このように考えると「近所づきあい」は確かに文化である。町内会はそのためにある。
 2011年の東北大震災の後、災害対策基本法なる法律に従って避難行動要支援者名簿が全国99%の市町村で作られた。この名簿の扱いで毎年、嫌な思いをしている。
https://www.bousai.go.jp/taisaku/kihonhou/pdf/r3_01_gaiyou.pdf
高浜市では各町内会が4地区に分かれて「まちづくり協議会」を作っている。私は町内会長から氏子委員を経て、今は高浜地区の「あんしんグループ」のサブリーダとして文化としての「近所づきあい」を守る活動をしている。
 あんしんグループの一番の仕事は防災訓練である。この会議で市役所から要支援者名簿の提供がある度に質問、意見が噴出して議論が延々と続く。
「避難訓練は町内会が行う。それなのに町内会員以外の要支援者にも声がけする必要があるのか?」
「町内会に入っていなければ、どの班が声がけするのか決められない。」
「班長に名簿のコピーを渡していいのか?」
「名簿の回収はどうする?」
「個人情報が漏れてもいいのか?」
人命を助けるための訓練であるから会員と会員以外を区別すべきではないと原則論で2年間納得してもらったが、今年度一部の町内会は説得に応じてもらえなかった。市役所の担当者からは要支援者から町内会が閲覧する許可は取ってあり、名簿は毎年更新して町内会に渡すので引き換えに前年度の名簿を返却してもらう。また、コピーはしないでもらいたいとの説明がある。すると、また質問が出る。「近所づきあい」文化が瀕死の状態で、しかも個人情報保護と言う錦の御旗の元では要支援者がどこに住んでいるの情報を共有することさえ難しい。
 我が家が所属する班メンバーは親の代からの住人ばかりである。母親は「班」と言わず戦前の「隣組」なる表現を使っていた。隣組の家族に寝たきりの要支援者が居るか居ないかは名簿がなくても全員が把握していた。葬儀に際して隣組の手伝いがなくなって久しく、最近はコロナもあって〇〇さんちのおじいさんが亡くなったと2・3日して聞かされることがある。それでも、隣組の何処かで子供が生まれたり、寝たきり状態になったり、亡くなったり、定年したり、結婚すれば、隣近所の情報は今でも自然に我が家にもたされる。同じ班ではなくても狭い路地の反対側に住む人々の状況も把握している。
 15年ほど前から同じ班に6軒ほど新築の家ができ班のメンバー数が14件に増えて古いメンバー班と新しいメンバー班に分かれた。新しい班と我が家とは距離が離れていることもあって没交渉で新しい家の家族構成すら知らない。それとよく似た状況が、あんしんグループ会議での町内会長の話から想像される。しかし、同じ班ではない近くの工場跡地に新築の家が十軒以上の新築の家ができた。最近、その前を通ると3歳ほどの幼児に突然挨拶されて慌てて挨拶を返すことがある。この辺りで子供たちが一緒に遊び、母親たちが立ち話をしている姿もよく見かける。その様子を見ていると私たちの時代とは違った形の「近所づきあい」文化が根付いていると感じる。
 こう考えると高浜市では要支援者名簿がなくとも情報把握が自然な形で出来ている気もする。だから、市役所から提供される要支援者名簿で町内会各丁目の理事や班長に関係分だけを知らせれば済む問題だと思う。

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