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[小説]水族館オリジン

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わたしは日本の海べりの小さな町にすんでいる図書館員。一緒に住んでいる彼氏は岬の水族館につとめている。ない音を拾う耳と見えないものを敏感に感じてしまう感覚が日々わたしをなやませるけ… もっと読む
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【小説】水族館オリジン 1

釣った魚にえさはやらない、って言葉があるけれど、釣ったお魚を生かしておくのって、すごく大変らしいです。水質管理はもちろん、水流や光の当たりかた、温度、魚ごとに生態や生育環境が違うので、生まれた環境にして生かしてやることはとても難しい。崇くんがいうのだから本当です。 私は水族館のまちに住んでいます。湾に沿った海岸のはずれにポツンと立っています。何年か前の市町村合併の補助金で建てられた水族館に、崇くんは呼ばれて来ました。 小さいですが、山を二つ越えたところには県で二番目に大き

【小説】水族館オリジン 2

chapter II: 月の夜  図書館の書庫室を整理しました。書庫室には書架にならばない古い本や寄贈資料が保管されています。寄贈された本や資料は整理して保存するものと廃棄するものを分けます。そして保存・貸出するものの目録を作ります。この作業のために、一時的に書庫室に積み上げられた本がたくさんあります。私はずっとそれが気になっていました。昨日ようやくそれに手をつけることができました。一度選別した本の最後の確認です。だいたいが古くて貸出し出来ないくらい傷んでいたり、状態はよく

【小説】水族館オリジン 3

chapter: III ビー玉色  崇くんがこの村の水族館に来るとを決めたのにはわけがありました。そのことは私との出会いにかかわります。彼はお魚の事と同じくらい子供のころから歴史が好きでした。武将やお城に憧れて、おこづかいを貯めてはお城めぐりの一人旅もしました。歴史の本や漫画を読むだけじゃなくて、実際に行くので同じ年頃の子供たちよりも物知りでした。あちこち出かけ見つくした頃、彼は一つのことに気付きました。それは、教科書やテレビで教える歴史は、今の国を創るきっかけになった大

【小説】水族館オリジン 4

chapter IV: 町に出れば 崇くんがお休みのときは、二人で図書館の町まで出かけます。この時は崇くんの軽自動車に乗ってでかけました。動物学者ほどアクティブな生き物はいないとは崇くんの弁です。いつも動物を探し、動物の急にかけつけ動物に人生を捧ぐ、のだそうです。動物の病気は待ってはくれない、世の中はインディジョーンズのような考古学者をアクティブリサーチャーと思っているけれどとんでもない、遺物はもはや時をいそがない・・・そうです。すごくかっこよく聞こえますが、崇くんは動物じ

【小説】水族館オリジン 5

chapter V: 君しかいない 崇くんは東の生まれです。がっしりした体躯にやわらかい声、きちんとした言葉をしゃべります。話をすると育ちがいいのがすぐバレてしまいます。そんな彼のトレードマークはポロシャツと作業ズボンと長靴です。一年中それ一択です。七五三の魚釣りみたいでかわいいやらおかしいやら、おもわず笑っちゃいます。子供っぽくみえるのは彼の育ちのせいなのを改めて確認する出来事がありました。 先日、崇くんの大学の親友がたくさんきてくれました。 友達が多いのはいいことです

【小説】水族館オリジン 6

chapter VI: 村のお地蔵さん 「お地蔵さんて呼んだらしつれいかしら」 ときどき崇くんは突然こんなふうに女ことばで質問します。 なんのこと? 「いやね、水族館のパートの坂口さんとこ、おじいちゃんいるでしょ、知ってる?」 もちろん知っています。私が高校生のころからずっと寝たきりです。寝たきりといってもどこか具合が悪いというのではなく、単純にお歳なのです。もうハンドレットをゆうに過ぎていらっしゃる。 百をすぎて有余年。 村の最長老でいらして、村の要。 集落には要

【小説】水族館オリジン 7-I

chapter VII: 翁撫村① 翁撫(オーブ)という名前、珍しいでしょ? 小学校の総合の時間で村の歴史を勉強しました。そのときポルトガル語のオーヴォからきたのだとならいました。 オーヴォは楕円、つまり卵のことです。でも、なぜ何百年も前からポルトガル語でよばれていたのか、それはわかりません。少し飛び出した村の西端の半島にむかしむかしポルトガルからの船が来て、そんな名前をこの土地につけたのかもしれません。昔から『おうぶ』と呼んでいるところに漢字をあてたみたいです。おうぶなら

【小説】水族館オリジン 7-II

chapter VII: 翁撫村 ② ところが夏休みのある日、 南の方で台風が発生して海はとても荒れました。 わたしはラジオ体操がおわっても家に帰らず 本を持って海岸にでました。 あの人達はもう来ています。 いつもの様に頭のてっぺんだけをみせて 地下の洞窟へ下りていきました。 ときおり強い風が吹いていました。 でも台風はさほど近くにいなくて 威力もそれほど強くなくて、海の水の上澄みをかき混ぜるだけ。 わたしのところからは 泡立った海水が沖のほうから風にながされてくるのが見

【小説】水族館オリジン 7-III

chapter VII: 翁撫村 ③ 過去の出来事は、よほどのことがない限り思い出したり、あのときはどうだったのかと心を悩ましたりしないものです。 でも翁撫村の名前の由来を崇くんに話したら、男の子のその後が気になって仕方なくなりました。お正月休みが近いからでしょうか。 一年の行事は仏様と共にありますから。 わたしは、崇くんと二人、一年のお礼をいいにご先祖様の眠っている場所に行くことにしました。いつもなら大晦日に行くんですけどね。そのまえにお掃除もしてさっぱりしていただきまし

【小説】水族館オリジン 7-IV

chapter VII: 翁撫村 ④ その晩、私はまた音をつれて帰ってきてしまいました。 小さな子供の寝息です。私は十七年まえ、いなくなったあの男の子だと思っています。確かめようはありませんが、きっとそうです。 布団だらけの寝室の、大きな鳩時計の下に銀行からもらった名画のカレンダーがはってあります。1月はルノアールの『少女イレーヌ』です。 朝、お魚シフトの崇くんは朝早く出勤してゆきました。 私は、お休みをもらっていました。それに不可解な出来事を忘れようと前の晩たくさんお

【小説】水族館オリジン 8

chapter VIII:竜宮城 図書館でおはなしかいがありました。 ちいさな子供たちに、おはなしをよんであげるのです。月一回のこの会のためにボランティアの方がどの本にするか吟味します。本は売るほどあるのでどんな本でも選び放題です。 今回のセレクトは意外でした。『星の王子様』です。 なぜ意外かというと、この手の本では古典といえるものだったからです 図書館には毎日新しい本が届きます。絵本や子供のための本もたくさん含まれています。 そのどれもとても素敵だし、どれもいまの子供た

【小説】水族館オリジン 9

chapter IX: ご馳走 横読みってわかります?こういう風に呼ぶのが正しいかどうか不安が残りますが、1つのテーマを追いかけて『横に』、分野を横断して本を読むことを私はそう呼んでいます。 高校生になって英語の勉強は90%は単語の理解だってことがわかったときこの横読みを始めました。まあ必要に迫られてなんですけど。 英語は当たり前の教養というかスキルですが、英語の勉強をしなければ知りえなかった日本語の世界、そういうものがあるような気がします。 たとえば、英語で知らない単

【小説】水族館オリジン 10

chapter X: 小さなお客様 図書館は万能だと思うことがあります。 静かだし、本のための室温と湿度が私達にも快適だし、なにより本がたくさんあります。音楽をきけるし映画もみられる。新聞や雑誌もあってここにいれば何でも知ることができます。どこに行かなくてもたくさんの経験ができます。 中学生のとき学校に行かずに図書館で義務教育を終えられないかと真剣に考えたことがありました。思春期によくあることですけれど。私の場合は、他人とよりも私自身の中が忙しすぎて、ただただ一人の世界に閉

【小説】水族館オリジン 11

chapter XI : キングヘリング フランスからのお客様をお泊めしました。大きな体に日に焼けたやさしいお顔。デイビッドさんは西の海で海の色の研究をしています。電波を発信する大きな機械を海流にのせて流します。電波は人工衛星がキャッチします。海の色の研究だそうです。宇宙から見た海の色、その時の海の中の様子を調査するのです。例えば、春は海水は黄緑色を帯びます。黄緑の海の中は植物性プランクトンが繁殖しているのだそうです。なんとも詩的な研究じゃぁありませんか? 電波塔にのせた発