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デルフィーヌ・セリッグはいかにしてできたのか

いつのまにかぼんやりとできていた疑問が、ふと新しい糸口を見つけた途端急に、脳の中央に移動して、いや、その疑問の場所が中央になり、「そういうことだったのか!」と、心が晴れて気分もすっきり、という経験が多々ある。今回のそれは、343人と女優デルフィーヌ・セリッグである。

フランスの、活きのいい女の映画を観ていると「私も343人のひとりだった」という誇らしげなセリフが幾度となく流れる。ある時“いつも343人”なのに気づき、これは何かあると調べた。1971年のフランスで、当時は違法だった“自身の人工妊娠中絶経験”について署名をした勇気ある343人を指すもので、通称「343人のマニフェスト」。デルフィーヌをはじめボーヴォワールや有名女優なども署名し、中心的活動をしている。女性だけが罰せられる事への怒り、危険な闇手術をなくす事など女性解放運動の一環である。これは“市民的不服従”と見なされ、誰もが無罪となり1975年の法改正へと繋がる。さすが革命の国だ。と呑気に思うのは少し前までの私で、今はこうした目も持ちたいと思っている。世界の歴史、戦争の歴史、宗教、民俗学、地理学、医学と経済、知りたい事は山ほどある。
 
外交官の父と貴族階級出身の母の元ベイルートで生まれ、東方の町で育つ。10歳の時父がNY赴任となり、完璧な英語と芸術的な思考、革新的な行動を身につける。のち父の赴任国が変わる度にどこでも“外国人”として生きていく術を磨き、18歳で役者を志す。30歳まで仕事が無かったが、身についたノマド感覚が新鋭の監督を引き寄せる事になる。

343人の正体を知った頃運よく、10年に一度の「史上最高の映画」(2022年英国映画協会)に1位となり話題の『ジャンヌ・ディエルマン』(1975年シャンタル・アルケルマン監督デルフィーヌ・セリッグ主演)やドキュメンタリー映画『デルフィーヌとキャロル』(2019年カリスト・マクナルティ監督デルフィーヌ・セリッグ主演)を観る機会があり、頭をなぐられた気分になった。彼女に感じていたブルジョワ的美の奥に、43歳ノーメイクでヘアも気にせず、カメラと議論で世をとことん回っている姿を見たからである。疑問は放っておかずに積極的に解決にいけ自分、と思った次第。

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