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INTELLIGENCE episode Ⅱ

JR京都駅地下街Portaに於いて、趙嫩黄と外事二課のagentが初めて接触したその約二年前、東京の新宿の夏空は不思議なオレンジ色をしていて、仕事帰りのサラリーマンやOL、大学生や専門学校生、ホストにキャバ嬢、風俗嬢にポン引き、日本のヤクザに警察官、中国マフィアに台湾マフィア、そこに殺し屋、薬中、精神異常者、スパイ、外事警察、シックス、CIA、偵察総局などありとあらゆる人間を混ぜ合わせて、毎日変わることなくずっと飲み込んでいた。

台湾人の母と日本人の父とのハーフであり、殺し屋でもある蔡俊傑(ツァイ・シュンケツ)は普段は育ての親である叔父に名付けられた高梁俊英と名乗っていた。

高梁は、西武新宿線の西武新宿駅改札口を抜けると、細い通りを一本挟んだ向かい側にあるコンビニ横の雑居ビルに入っていき、裏手の非常階段を三階まで昇って息をひそめた。
今日はこのビルに入っている中国エステのオーナーと店にいる女全員を殺すことになっている。
何故、この中国エステのオーナーが誰かに依頼され、殺し屋である自分に殺されなければならないのか。
高梁は、詳しい事情を知らない。

この中国エステのオーナーは、金に執着がありすぎた。
そして、歌舞伎町をシノギの場としている日本のヤクザの仕組みをなめすぎたのである。
ケツモチの組の構成員に自分の店の女を抱かせ、ミカジメ料が上がらないよう働きかけたのはどこの店でもやりそうなことだが、それがどういった訳か警察にバレて店の存続が危なくなった為、組長その他幹部の怒りを買い、その構成員と兄貴分である組の若頭が指を詰めなくてはならなくなったのである。
だが、それだけなら中国エステのオーナーを一人半殺しにする程度で済んだ筈であった。
その中国エステの女の中に、中国マフィアがスパイとして送り込んでいた女がいて、日本のヤクザと警察の動きを探っていたのである。
それがまたケツモチの組の組長の耳に入り、警察にもますます目をつけられるようになったことから、中国マフィアと一触即発という状況に陥ったのである。

本来日本のヤクザは殺し屋を使うことを嫌がるのだが、組の若頭までケジメをつけさせられて黙っていられるヤクザは少なくとも歌舞伎町にはいない。
そこで、ケツモチの組が昔ちょっと面倒を見てやっていた台湾マフィアの組に話を持ちかけ、中国エステのオーナーと中国マフィアが送り込んでいた女を殺し屋を使って殺すことになったのである。
台湾マフィアからすれば殺し屋を使い中国エステのオーナーを一人や二人殺すこと自体なんてことはないことなのだが、やはり殺しは殺し、ここは日本であり新宿歌舞伎町である。
其なりにケツモチの組には恩を売ったであろうし、日本の警察がどう足掻いても元を辿ることが出来ないよう、何人もブローカーを介し、高梁に伝えていた。
最終的に高梁に殺しの依頼のコンタクトをとったのは、高梁が仕事の時に時折使う池袋の西口にある二十四時間サウナの女性清掃員である。
勿論相手はトバシの携帯で、此方はプリペイドカード式、仕事では此方からかけることはない。
依頼主から連絡があるだけである。
道具は最終的な依頼を受けてから、高梁自身が揃えるし、勿論これもギャラに含まれる。
高梁が懇意にしている武器ブローカー(表向きは心療内科の医師)から銃もナイフもその都度新たな仕事の度に調達する。
高梁が好むのは改良された高性能サプレッサーが取り付けられたマガジンタイプの銃である。
S&W MK22や、ベレッタM92を好んで使った。
いずれも各国の特殊部隊が採用したり、暗殺用として開発されたモデルである。
そして、高梁の仕事を行う上での唯一と云っていい条件として、暗殺現場に居合わせた者は例えターゲットとしての依頼が無く、無関係の者であっても必ず殺すことになるというものである。

高梁は三階の非常階段にある扉を開け、再びビル内に入ると腰を屈めながら薄暗い通路を進んだ。
中国エステの小さな看板が入り口のわきに出ていて、料金と時間が表記されていた。
この時間であれば、オーナーと中国マフィアの女スパイがいるとのことなので来てみたが、何かが変だ。
本当にその場にいて襲ってきた感覚なので高梁も説明のしようがないのだが、瞬時にして頭の中にあった中国エステ店に入って一人ずつ目についた者からサプレッサー付きのS&W MK22とナイフを使って殺していく映像を消し去った。

エステ店に入る。
と同時に、高梁の顔面めがけて放たれた女の蹴りが高梁が避けたことによって空を切る。
その刹那、避けたことによって仰け反った高梁の身体を高梁の死角にいたと思われる男が抱えあげ、男のほぼ頭上の高さから床に叩きつけた。
高梁は自分の身体が床に叩きつけられたと同時に自分の鳩尾めがけて振りおろされる女の踵を左手で受け止め、右手に持ったナイフで女のアキレス腱から脹ら脛にかけて斜めに刃を振り抜いた。
女の脚から鮮血が飛沫ぶ。
避けきれなかった男の右拳が高梁の左脇腹辺りに入ると同時に肋骨が折れた感触が襲い、自らの意思では発することのない呻き声があがる。
それでも高梁は自分の左脇腹をとらえた男の右手首にナイフを突き刺すと、左手で男の手を掴み、そのままナイフを男の肩の方向に滑らしていった。
男の右腕が手首から肩近くまで裂けている。
そのままその男に飛びつくように起き上がると、ナイフを男の頸の左側に突き刺しこめかみにMK22を二発ブチ込む。
二発目の弾が男の反対側のこめかみを突き抜け、血と脳しょうが飛沫び出した。
男の身体がゆっくりと傾いていく。
そして背後から女の腕が高梁の頸に絡みつく寸前に女の左太腿にナイフを突き刺すと、そのまま女の股間めがけて引き裂いていく。
女は何が起きたのか理解出来ないまま、それでも必死に高梁の頸に腕を絡めようとしたが、女の股間にナイフを突き刺したまま反転して女の背後をとると素早く女の両手首を折った。
女は悲鳴をあげるが、すぐに高梁によって頸をきめられそのまま床に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。

「どのみちお前はこの後直ぐ死ぬ。」
「何故お前達は俺が来ることを知っていた。」
「誰に聞いたんだ?」

「んっ、んんん…。」
「早く…。殺して…。」

「フッ…。お前も殺し屋だろ?この後、誰から俺のことを聞いたのかを知るた為に俺がお前に何をするかわかるだろ?」

女の身体が小刻みに震えだし、目からは自然に涙がこぼれ落ちている。
すると高梁は、女の股間辺りに刺さったままでいるナイフの柄に手を添え、ゆっくりと女の下腹部の方へ少し動かした。
ブチッ、ブチッと、何か筋のようなものが断たれる感触と、何か臓器のようなものがボワァッと破裂するような感触がナイフから伝わると同時に、女の口から"クワァッ"と奇妙な呻き声があがったかと思うと、口から ゴボゴボと濃い色をした血が溢れ出てきた。

「まだお前が死ぬまでもう少し時間がかかる。人間はなかなか死なないんだよ、頭をやられない限り。」

「うぅぅ…。」
「は、じめ、か、ら、あな、た、ねらて、いた…。にほ、んのヤ、クザ、きたな、いね…。う、ちの、ボ、スと、て、くんで、た…。」

「ほう。」
「大元の依頼主がお前のボスと繋がっていて、俺を嵌めたんだな?」
「そうか…。」
「お前は何の為に生まれてきたんだろうなぁ。」
「俺達は誰の為に生きてるんだろうなぁ。」
「お前は考えたことが無いだろう?考えたことも無いまま、答えも解らないまま、痛みと共にゴミ屑のように逝け。」

高梁はそう言うと、女の下腹部に刺さったままになっているナイフの柄を強く握りしめ、ありったけの力を込めて女の身体の中心を裂くようにナイフを引き上げていった。
すると女は手脚を急にバタつかせ、痙攣しながら微かに"ヒヒャッ"と声をもらし、そして息絶えた。

高梁は立ち上がり、店内に他に人が居ないかを確かめた。
次に先程こめかみにMK22を二発ブチ込んだ男の素性をざっと確かめる。
こいつが中国エステのオーナーなのかもしれないな、殺し屋兼中国エステオーナーといったところか?
そして、店内にあった綺麗に畳まれ積まれていたタオルを取り出し、自分の手や身体についた返り血を拭った。
高梁が直ぐに考えたのが、二人の殺し屋が自分のことを仕留めたかどうかをどこかで誰かが確かめる筈だということであった。
余程この二人の殺し屋は信頼されていたのだろうか?
否、仮にどちらが生き残ろうともその後の筋書きが依頼主の良いように書き換えられたということであろうか。
まだそれは判然としなかったが、とにかく今は此処に自分一人が居るだけである。
高梁は何時ものように着替えや傷の手当てを行う為と、死体の処理や現場の修繕等を依頼する為、高梁は仕事をする上での元締めのような男に自分の携帯電話で連絡した。
高梁が通常電話をする相手は、老父(ラオイエ)と呼んでいるこの男と、高梁の叔父だけである。

「ケツモチの組と中国マフィアが裏で繋がっていて、俺は待ち伏せされた。何か知っているか?」

「いや、何も知らん。」

「そうか…。」
「二人殺った。一人は男、もう一人は女。両方とも腕は立つ。二人ともに接近戦に自信があったんだろう、これといった道具は持っていなかった。とりあえず着替えと応急処置、何時ものように頼む。」

「もうすぐ着く筈だ。既に向かわせておる。」

「老父、俺はあんたと叔父さんだけは信用してる。俺を裏切ったらどういうことになるか、本当に解っているからだ。だから今回も疑わない。」
「先ず、ケツモチの組の組長以下全員殺る。三日以内に李麗と劉から連絡するように伝えて欲しい。」

「うむ。二人いっぺんにか?」

「ああ。ギャラは俺が払う。だが、老父には払わない。」
「今回は俺が嵌められた。だから老父には元締めとして責任をとってもらう。」

「それでケツモチの組を殺った後はどうするんじゃ?」

「中国マフィアも全員といきたいが、さすがにあいつら全員はキツい。」
「だからボス一人だけを締め上げ、俺の条件を飲まなかったら殺る。」

「恐らく警察も動くだろう。ヤクザも中国マフィアも黙っちゃいないぞ、どうするつもりじゃ?」

「それでも俺は必ず殺る。」
「その後はまた暫く東京を離れる。」
「老父、また連絡する。」

高梁は電話を切った。

人の気配がし、高梁は姿勢を低くしてナイフを持ち構えた。
非常口扉の辺りからやはり此方も姿勢を低くした男が"蔡(ツァイ)"と呼びかけてくる。
高梁は立ち上がると男に近づいていき、"早かったな"と言って、着替えや医薬品等が入った手提げ袋を受け取り、先ず余り意味は無いが痛み止めの錠剤を飲む。
怪我の手当てと着替えをする為自分が殺した死体が二体転がっている中国エステ店内に戻ると、通路から声がかかる。

「俊さん、もうすぐ処理班が着くね。」

「ああ。」

「俊さん、どこかケガしたか?」

「うん。」

「手伝うよ。」

「うん…。じゃあ、頼むわ。」

「後ろ向いて手をあげて待ってて、包帯巻くから。」

「ああ…。サンキュー。」

着替えと医薬品を持って来た男は、高梁が後ろを向いたまま上半身裸で手をあげている姿をイメージしながら、手にはヤクザの構成員のシタッパから手に入れたのであろう安物の中国製トカレフを握りしめ、中国エステ店内に入っていく。

"俊さんがいない!"

「お前どうして俺の怪我した所まで知ってんだよ。」

"ヒッ"

「肋骨折れたかもなんて、一言も言ってないんだけど。」

高梁は中国製トカレフを持った男の斜め後ろから声をかけ、そのまま男の心臓下辺りに背中からナイフを突き刺した。

「お前から持ちかけたのか、ヤクザの誰かから持ちかけられたのか知らないけど、どうしたんだ?金か?」
「ん?」

高梁は更に深くナイフを突き刺す。

「ンァッ、ンァッ、ンァッ…。」

「ハシタ金で靡きやがって。」
「お前、そんなオモチャみたいな銃で俺が殺せると思ったのか?」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…。」

「最期に見る光景が歌舞伎町にある薄暗い中国エステの店内で、生まれてきたことを後悔しながら虫けらのように死んでいく自分の愚かな人生を悔やんで果てろ。」

高梁はナイフを握る手に更に力を込め、心臓に向けてナイフを動かしていく。
数ミリ数センチ動かしていくにつれ、男の顔は涙と涎と脂汗でグシャグシャになり、時折"ヒヒャッ"とか"キュプッ"とかの呻き声にもならない音を発して人生の最期の刹那を迎えていた。

「安心しろ、お前の死体は"掃除屋"がミンチにして産廃処理場に持って行ってくれるよ。」

男の体内で心臓が二つに裂ける。
高梁がナイフを抜くと、大量の血液を体外に放出しながら中国エステ店内の床に儚く倒れていく。
ほんの数十秒前まで命があって生きていた人間が、今はもうこの世になく、肉体のみが存在し、数時間後には産廃処理場に遺棄される。

こいつの親は何の為にこいつを産み、そして育てたのか。
こいつの友達は何の為にこいつと過ごしたのか。
こいつも親も友達も何も解らないままだ。
だが、それでいい。
考えなかった者には答えも解らない。

高梁は三つの死体を後にして、もと来た非常階段を降りて雑居ビルを出ると、ネオンの煌めく歌舞伎町に消えていった。

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