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小説 ファッキン・ナイス・ワーク #1

 昼間のその街で、大勢の通行人の中を歩いていた。目の前を歩く男は黒いコートを着て、その背中に文字があった。プリントか刺繍かわからないが、白く細いささやかなものだ。なんとなく目で追っているうちに男は斜め右の方向へ行き、結局何が書かれていたのかはわからなかった。
 通行人、とひとことでまとめても雑多すぎる。勤め人ふうもいるし高校生や大学生らしいのもいる。業者、遊び人、洒落者、そうでない者、その他老若男女、外国人もちらほらと見かける。
 この中で俺はどんなカテゴリーに入るのか。一応身なりには気をつかって出てきたが、誰にどう判断されるかはわからない。ラップコートにデニムにブーツ、若干の寝癖の髪、マスク。
 人目をあまり気にしないこととした。自意識をのけておき、他人を見るともなしに見つつ、そうして彼らにいい加減な感想を持ち、そもそもの目的を果たすために歩いた。
 目的。仕事といってもいいが、月給取りのようなかっちりしたものでもなく、また自営業とも少し違う。せいぜいフリーランサーとはいえるだろうか。カネを受けとって依頼をこなす、という作業をやっている。
 この日の作業は女を三人ほどスカウトしてくることだった。依頼主はキャバクラの黒服で、そいつもスカウトをやっているのだが、あまりにも釣果がないということだった。このままでは立場がない、手伝ってくれ、とのことで、ギャラの交渉もしないまま俺は引き受けた。店は求人を出さないのか、と訊いたところ、それは難しいらしかった。法的には合法を装っているが、グレーゾーンの店なのだ。
 冬も終わりそうないま、日光は眩しく注ぐ。
 駅前のビルの壁を背にして、街の人出の中から女を探す。遊びに来てるのやらどこかへ急いでいるのやら、女といってもいろいろいる。マスクで顔が隠れているせいで美醜がわかりづらい。せいぜいアイメイクくらいならよく見えるのだが。
 ちょうどよさそうなのを見つけてはそばへ行って呼び止めた。このときのコツとして、相手の斜め後ろから声をかける。そうするとあまり驚かせずに済む。すみません、ちょっといいですか、というと女たちは振り向く。はい? とか、なんですか? などと訊かれ、俺はすぐに本題に入る。
 スカウトなんですけど、少しお話できませんか。
 そういうと反応はまちまちだ。えーやだー、といって照れ笑いするのもいるし、冷静になんのスカウトなのかを訊いてきたりするのや、振り切って無言で立ち去るのもいる。
 スカウトの具体的な内容を訊いてくるなら、酒を飲む店での仕事だというが、そこでうまくいくことはほとんどない。また無言で立ち去られるのは論外だ。狙うのは照れ笑いの女だ。スカウトされたというのが嬉しいような、無邪気なのを捕まえると、その場で説得し始める。
 お酒を飲むお店で、なんかニコニコしてりゃいいんですけど。
 こういって引く女もいるし、考え込むのもいる。そうして俺は最終手段として時給をいう。ここで迷っているようならば、シフトは自由だとか、楽な仕事だとか、そういうメリットなどをいいつのると二割程度は引っかかってくれた。やる気になってくれたら黒服にもらった店の名刺を渡す。そのあとは半数程度の割合で店に連絡がくるだろう。
 夕方になる頃にはノルマはこなしたようだった。渡した名刺は八枚ほど。こんなもんだろう、として黒服に電話をかけた。
「あ、お疲れさま」と黒服はいった。
「そっちどう?」俺は訊いた。
「いやもう、ぜんぜんダメ。怖がられちゃってるよ」
「あんた怖いからな」
「怖くないよ」
「裏社会の匂いがしてんだよ。こっちは名刺何枚か配ったから、いくらか連絡くると思う」
「あ、ほんと。ありがとうな、助かるわ」
「一人一万で」
「高い。ポケットマネーだぞこっちは」
「八千」
「いや、七千で」
「じゃーそれで。今度とりに行くわ」
「ちゃんと女の子が来たらな」
 電話を切って、日暮れが近い街を見渡す。駅前の雑踏は少し減ったような気がする。ここいらではこれから飲みの時間となるだろう。小銭を得るあてができたから、俺も一杯ひっかけようかと思い、飲み屋街のほうへ向かっていった。



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