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やわらか車と地獄のランデブー

20年ほど前、クーラーが無かった母の車がダメになった。クーラーと2ドアであれば何でもいいと言っていた母が選んだのは、スズキのアルト。これが母が乗った最後の車であり、私の最初の車であった。

このスズキのアルト、ラレコ氏の作品『やわらか戦車』みたいな見た目をしている。しかし、ご自慢のバック走行は親子そろって運転手の腕が悪いのか、あまり上手に駐車することは無かった(ちなみに私の方が下手である)。

買った当初は、見た目の不思議な可愛さに微笑んでいた。しかし、数年後にコイツと2回もの地獄のランデブーを行う羽目となるとは誰が思っただろうか。

始めの地獄のランデブーは、まだ免許も持たない学生の頃だ。母が癌で大学病院に入院したので、土曜になると隣県の中心部まで父と二人で高速を走って見舞いに行ったのである。

サービスエリアの昼食に運悪く父が大嫌いな食材にぶち当たり、憤慨しながら車を走らせていた。中央に車線変更してクーラーを付けた瞬間、車がブスンと音を立てた。父は音がした瞬間に死を覚悟したらしい。

その音は、電気が飛んだ音だった。

徐々に減速していく車を、父がとっさの判断で車を左車線から脇に止めた為、功を奏した。一方、何も言わなかった私は『父ならなんとかしてくれるだろう』というお気楽な態度をしてJAFに電話していたので、母に似て肝が据わってるのか只の馬鹿なのかと父に詰られた。

2回目の地獄は、昨日起きた事だ。車のクーラーが壊れ、仕方なくクーラーが無い状態で汗が止めどなく溢れさせながら就職活動をしていた。移動中に破けてしまったストッキングを脱いだために落ちたと確信しながら、スズキに持っていき修理に出すことになっていた。

風を気持ちよく受けながら、『クーラーなど必要ない』と心の中で叫んだ。

修理について色々話を聞き、飲み物をお代わりを貰おうと立ち上がった瞬間だ。脱水症状による立ちくらみで、フリードリンクの前でスーパーヒーロー着地の様なポーズで固まってしまったのだ。

無職のスーパーヒーローとは何とも情けない。しかし、やりたくてやったんじゃないのだ。注文した飲み物をガブ飲みし、顔を洗ってようやく目が覚めた。あと少し早くに立ちくらみをしていたらどうなっていたことか…馬鹿な私も冷や汗をかいた。

愛車のスズキのアルト君は、今年で16歳と人間と同じなら高校生ぐらいだろう。そんな青春真っ只中の性なのかやわらか戦車みたいな見た目の性なのか、突いただけで色んな部分が気まぐれに不調になる。気まぐれすぎて嫌になる時もあるが、この愛らしい形は未だ私を惹きつけて止まない。


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