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春だから、

 ふと我に返る。私はどうして団子をこねているのだろう?

 二月を過ぎると、大学は春休みになった。休みの日は何もやる気がしなくて、グダグダ過ごすこと早一か月。
 今日は何を食べて生きていこう。いや、今日も、か…と心の中で独りごちる。気付くとベッドで一日を終えることが増えていた。学校がある普段はきちんと自炊をしているので最低でも週に一度は行っているスーパーも長期休みに入ってからはすっかり行かなくなっていた。
 冷蔵庫を覗くが、気が抜けてすっかり弱炭酸になってしまった強炭酸水しか入っていない。米もカップ麺も昨日ついにストックがなくなった。仕方がない、コンビニに出かけることにする。
 外に出てみると思った以上に春の日差しで、羽織ってきた季節外れの厚手のコートが急にずっしりと重みを増したように感じる。適当につっかけてきたサンダルは季節を先取りしすぎていて裸足が冷たかった。
 アンバランスだなぁ、私の恰好。コンビニへの道のり、平日昼間の住宅街には誰もいないのになんとなく背中が丸まり視線が下がる。
 ふと視界の端に懐かしい葉が見えた。

「あっ…よもぎ!」

 急に嬉しくなって思わず駆け寄るとそこだけ空き地だった。家と家の間、閑静な住宅街の中に小さな田舎が広がっている。今までコンビニに行くときはスマホの小さな画面ばかり見ていたので気付かなかった。へぇ。このあたりにも生えるんだ。地元よりは田舎じゃないと思っていたのに。
 懐かしい気持ちでよもぎを摘む。小さいころよもぎ団子をよく作ったっけ。いや、私がよもぎを見つける度に摘んで帰ってはよもぎ団子を作ってと駄々をこねてお母さんを困らせていたんだったかな。
 コンビニに白玉粉は売っていただろうか。急に懐かしい味を食べたくなった。だって春を見つけちゃったんだもん。春だもん。春だから、お団子を作ってお花見しないと。お花見のとき我が家の三色団子の緑色は抹茶味ではなくよもぎ味が定番だった。
 そういえば桜が咲き始めて見頃だって、SNSでお花見の投稿をいくつも見た。世間の女子大生はみんなミラーレスを携えて桜を見に行っているらしい。そのとき私はベッドにいたけど。
 桜が見頃ならお花見をしなければ。よもぎが食べ頃ならお団子を作らなければ。私だって人並みに春を楽しんでもいいはず。

 お団子を作ってお花見すると決まればそこからの行動は早かった。家を出たときお財布しか持たなかったので、手ごろな袋を持っていない。摘んだよもぎをひと先ず空き地の隅にそっと置き、コンビニに向かう。白玉粉三袋と豆腐一丁を買うと帰り道にもう一度空き地に寄り、さっき置いたよもぎを拾う。レジ袋に入れ、さらに必要な分のよもぎを摘む。期待に胸を膨らませ鼻歌を歌いながら帰路についた。

 家に帰ると慣れたような手付きで作業を始めた。慣れたと言っても今まではほとんど横で見ていただけだけれど。幼少期から何度も繰り返し見ていたのでスムーズに手が動いた。
 まずはお湯を沸かし重曹でよもぎのあくを抜く。お湯から上げた後は確か一回冷たい水にさらすんだったような。それから細かくする。すり鉢なんて気の利いたものは一人暮らしの女子大生の家にはなかったので代替案として包丁でみじん切りにし、更に叩くすることにする。
 豆腐と同量の白玉粉を混ぜ三等分すると一つには食紅を、一つにはよもぎを投入する。以前友だちとアイシングクッキーを作った時に使った食紅が奇跡的に残っていた。
 再びよく混ぜ、丸を形成。黙々と作業を進めている途中、ふと気づいた。

 …あれ?私どうして団子をこねているんだっけ?しかもこんなに大量。

 春だからよもぎを見つけた。よもぎを見つけたら摘んでお団子を作らないと。お団子を作ったらお花見に行かないと。春だからお団子を作ってお花見に行かないと!
 でもこんなに大量の三色団子を作ってどうするのだろう?数少ない友だちはそれぞれ故郷へ帰省中だった。
 こんなにたくさんのお団子は一人で食べるには多すぎで、きっと一日食べてもまだ残るだろう。一人ぼっちで何食も食べ続けなければいけないのだろう。
 どうしよう。
 お花見に誘いたい人、思いつかないわけでもないけど…。一人だけ頭をよぎる。口下手な私にも笑顔で接してくれる人。つられて私も笑顔になる、春の日差しみたいなそんな人。
 いつもなら、誘えるはずがなかった。友だちが少なくて人付き合いが苦手、休みの日は家から出たくない私が人をお花見に誘うわけがない。きっと誘われたほうは驚く。

 でも、だって春だから。

 意を決してノートパソコンを立ち上げ新規メールを作成する。まるで冬眠から目覚めたみたいと心の中で自分をからかってみる。メールを打ち始めると書きたいことがつぎつぎ出てきて、長くなり過ぎないようにと思いつつもついついメールを打つ指は止まらない。楽しい。私は今生きているという確かな実感がある。
 よもぎが生えて、桜が咲いているから。お花見をしないといけないから。お花見団子を作りすぎてしまったので。…
 私があの人にメールを送る理由はいくらでもあるのだ。
 出来上がった文章に軽く一度目を通し誤字だけ確認する。いきおいのまま、今この感情を伝えたい。今はまだ蕾でも、いつか満開になってほしいと願っている。私の心の桜に養分を与えたくて。そんな期待を込めて、送信ボタンを押す。僅かな勇気と蓬色のメッセージは今、あの人のもとへと送られていく―――。

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