5月11日 夏

コンビニで「夏ポテト」を見かけると、ああ、もうそんな季節か…と思う。そしてそれを、我ながらどうかと思う。ここまでがセットで初夏の風物詩と言っていい。それも我ながらどうかと思う。なんか、何だこれはと。

セミが鳴き始めるとか、道歩いてたら落ちて潰れた銀杏の臭いがしてくる、なんてのはもちろん、スーパーに水煮じゃないたけのこが並び始めるとか、自分自身がちょっとずつ薄着になったり厚着になったりなんてのもそうだけど、こういう自然と結びついた現象や慣習で季節を感じるのは王道だろう。

これとは別に、人が勝手に作ってなんとなく定着してそのまま押し切った結果としての風物詩もある。バレンタインデーとか、土用の丑のうなぎ、新しいとこでは恵方巻き、っていうかほぼ祭り全般。夏ポテトは自然の営みというよりはカルビーの営みなわけで、こっちに近い。

夏ポテトを食いながらこんなことを書いてて、ふとパッケージを見たらはっきりと「さっくり軽い夏の新じゃが」って書いてあった。裏面を見ると、九州からはじまるじゃがいもの収穫期を示す「じゃがいも前線」が描いてあり、「夏ポテトは、初夏に九州から収穫が始まるみずみずしい夏の新じゃがを使用しています。」と。

全然知らなかった。なんとなく風物詩になるくらい何年にも渡って顔を合わせてきた夏ポテト。よく考えたらずっとあだ名で呼んできたから本名知らなかったみたいな、かなり根本的なことを何故か知らなかった。夏ポテトが勝手に「夏」だと言い張って夏の風物詩になろうとしてたんじゃない、自分自身が勝手に「『夏』って書いてあるからなんか夏」と受け取ってた。実は、夏ポテトは自然の営みと直結した本格派の風物詩候補だったんだ。

こうなると、己の無知を恥じてこれから毎年本格的に夏ポテトを味わわないと申し訳が立たない。まずは、今年の夏ポテトのこの味をちゃんと記憶しておかなければ。「去年よりも土の香りが濃い。九州の大地の息吹を感じる。」的な感想を毎年言わねば。たぶん無理だな。なんかボジョレーヌーボーみたいに「最高の出来と言われた2019年に勝るとも劣らない」みたいのパッケージに書いてくんないかな。鵜呑みにするから。

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