5月13日未明

今月のはじめに、っていうかあれは映画の日だったわけだからきっかり5月1日に買った日本酒の一升瓶を飲み終えた。一番好きな銘柄の限定醸造みたいなやつ。東京ではなかなか売ってないんだけど、最近売ってる酒屋を見つけてたまに買ってる。小さい醸造所だから名前を広めるつもりはない。無くなると困る。

ほぼ毎晩、少しずつ少しずつ、コツコツと飲んでいって、ついに一升。その一杯一杯は何の意味もない小さなものに思えても、それが積み重なることで、いつか大きな花が咲くんだね。この一歩は一人の人間にとってはどうたらってアームストロング船長も言ってたし、小さなことからコツコツとって西川きよしも言ってた。それを身をもって実感したな。

ところで前々からたまに思うんだけど、味の好みってのは実は個人個人の唾液の味に関係してんじゃないか。指紋から屁の臭いから全員違うわけで、唾液の成分だって少しずつ違うだろう。そして、それは味覚にとっての空気みたいに口内に常に存在して常に舌を刺激し続けてる。常に刺激し続けてるってことは刺激してないのとほぼ同じだからいちいち感知されない。それが食べ物とか飲み物っていう異物が入ってきた時にだけ、相対的に立ち上がってくるんじゃないか。海外旅行の帰りに日本の空港のターミナルに降り立った時みたいに。

そういうことを考えながら飲んでると、なんか口の中の唾液が邪魔に思えてくる。そして皮肉なことに、酒のつまみっていうのは大概は唾液の分泌を促すような塩気をまとってるっていう。お酒は自分の唾液割りで飲むしかない。これはもう宿命だ。そんな事言いだしたら、視覚も聴覚も嗅覚も触覚もそうだろうし、それを知覚する脳からしてそうなんだからしょうがない。あとそもそも、味覚が唾液の成分に左右されるってとこからして仮説、っていうか当てずっぽうだ。まあ、何が言いたかっていうと、おいしかった。最初からそう書けば二行で終わった。

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