パンパンの着ぐるみ

CMの登場人物は日常の尺度で見ると狂人であることが多い。それは、実写に限った話でもない。架空のキャラクターはタレントや俳優のように「演じてる」という主体性が薄いだけに不気味だ。魂をごっそり抜かれたような陵辱感がある。「行ってみYO!YO!レオハウスぅ~!」と唱える野原一家はヘンダーランド帰りみたいだし、予備校のCMのハイジを駿や勲に胸張って見せる勇気あんのかって話だ。

映画館の上映前には基本的に寝てるので、TOHOシネマズでやってるキャラクターものの短編映像のコンペみたいなやつは断片的にしか見られない。音だけで認識してるのもある。たまに目覚めて映像見て「ああ、こんなやつなんだ…」、みたいな。ちなみに、次回の山崎紘菜ちゃんはチア姿なのではないかと期待してる。映画出るし。薄目開けて見るんで、よろしくお願いします。

そして一時、意識が沈んで目を覚ますと、紙兎ロペをやってることが多い。TOHOの上映前番組のベテラン。もう10年近くやってんじゃないか。元々は、ウサギのロペとリスのアキラ先輩がダラダラくっちゃべるだけの内容で、それはそれで映画の前にぼおっと見るにしても、寝ながら音だけ聞くにしても、邪魔にはならないし嫌いじゃなかった。次第にソフト化されたり、劇場版まで作られたり、人気キャラになっていった。めざましテレビでもやってるらしい。起きてないから知らんけど。

その結果、今、ロペとアキラ先輩はTOHOシネマズロビーで、TOHOシネマズの作ったポップコーンのテーマソングをバックに、TOHOシネマズのアプリがどれだけ便利かを具体的に説明する会話を二人で繰り広げている。駄菓子屋の前とかでちんたらやってた時とは明らかに違う。「ゆるい会話」というパッケージにパンパンに詰め込まれた現実。これはこれでこいつらの生きる道なんだろうけど、複雑だ。

架空のキャラクターはCMによって狂人を通り越してただの着ぐるみと化す場合がある。実際にはそれを許諾した権利者がその主体なんだろうが、しかし、キャラクターと対する視聴者として、そういう時には「お前なんか知らん」とちゃんと言わないといけないと思う。どこに向かって言うのかはわかんない。っていうか、結局こないだのゆりちゃんの話みたいになったな。まあいいか。 

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