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極私的小説【夢幻世界へ】

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適時修正入ります。 現世と彼の世を往復しながら物語は円環します。 お付き合いください。
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記事一覧

連載小説【夢幻世界へ】 承前 黄金の階

【承前】 「黄金の階(きざはし)の上、黄金の光の中で、黄金の姿態はひとつの夢を踊った。想像力の限界を超えて踊り、踊りながら、音楽を我が身に引き寄せると、憧れのため息を、それが希望となり責め苦となっていく憧れのため息を、幾千の世界の生きとし生けるものの胸に行き渡らせた。  黄金の情景の縁が薄れ、不規則なぎざぎざの黒に呑み込まれた。黄金は光を失い、淡い金銀のきらめきから銀に衰えると、ついには白に行き着いた。先ほどまで金色に輝いていた踊り手は、今では寂しげな白っぽいピンクの人影

連載小説【夢幻世界へ】 1−1 石化した彼女

【1‐1】  どうやってもうまく歩くことができない泥濘みの勾配に辟易しながら前を仰ぎ見ると、鬱蒼とした竹藪の隙間から目的地の白い建物が現れた。  コンクリートむき出しの壁から、小さな両開きの窓がいくつも均等に並んでいるその建物には、あと十数分で到着できるであろう。  重い足取りの中、なぜいまここにいるのかといった問いがやってくる。  シダ類の葉の中に妖精蛾が3匹、包まるようにして留まっている。妖精蛾というのはこの地域の呼び名で、頭部が人間の女性の顔に酷似していることか

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100〜
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連載小説【夢幻世界へ】 断片1 プロティノスの世界

【断片1】 「そうね、むこうではみんな透き通っていて、影なんてどこにもないのよ。影がなかったら立体的じゃないわよね。でもたくさんのものがそこには『ある』の。不思議でしょ。  そこは光が満ち溢れていて、息苦しいかと思いきや、そんなでもないの。ひとつひとつはあるんだけれど、どれもそのなかに他のものが含まれていて、言って見れば一心同体がいっぱいあるってことかしら。そう、涯(はて)らしきものは見えなかったわ。そのなかの小さくて可愛いものをよくよく見ていると、その中に宇宙が見えたわ

連載小説【夢幻世界へ】 2−1 コカコーラ・レッスン

【2−1】  努力による解決などない。  そう思うようになったのはいったいいつの頃からだろうか。谷川俊太郎の「コカコーラ・レッスン」を読み、自分の価値がコカコーラの空き缶ほどもないのだということを知り、会社勤めをする上で何度も降りかかる転勤に意味付けすることはできても、その結論がどういった仕組みから導き出されたかを知ることがない非対称的な空間に、長く身を寄せすぎたせいか、楽観的な運命論者が、年齢を重ねるごとに悲観的になっていった。  そんなことを考えながらコカコーラ・ゼ

連載小説【夢幻世界へ】 2−2 機械人形

【2‐2】  列車(それは地下鉄であった)から降り、改札口へとつながる階段を登る。階段は暗く、湿っており、体の芯に湿気が差し込むようであった。地上に出た。地上は都市の喧騒が広がっているはずなのだが、音がしない。音の暗闇の中歩道を進んで、彼女の働いている企業が入るオフィスビルに行く。  中階層のフロアにある彼女の企業に行くと、機械人形が受付をしている。なめらかな、パールホワイトの機械人形は、柔らかい声で「御用はお聞きしていますでしょうか」と言う。  「あなたの中には、『ひ

連載小説【夢幻世界へ】 2‐3 乳房にフォーク

【2‐3】  オフィスビルを後にし、飛行場に向かうため歩道を歩いている。  空は曇天、重苦しい水分を含んだ雲が垂れ下がっている。  ビルに張り付いたデジタルサイネージが証券会社の株式情報をスクロールしている。  企業広告、イベント情報、迷い犬の告知、市民が必要としない情報、個人の露悪的情報。世の中には必要としない情報が氾濫している。情報が人々の心の足元を引っ張って、スムーズに動くことを邪魔している。  その広告の中に、知り合いの女官が現れ、こちらに向かって話しかける

連載小説【夢幻世界へ】 2−4 意味するものと意味されるもの

【2−4】  「幻影の人」である昔の彼女が、どうやら行く手を塞いでいるのは間違いがなさそうである。  たまらず、歩道を駆け出し、公道に出たところでタクシーを拾う。 「京都駅まで」 「ここは東京ですよ」 「構いません、ここは京都でも東京でもないのですから」 「kyotoでもtokyoでもない、としたらここはどこなんですかね」 「それは言わないお約束。とりあえず車を出して。厄介な奴に付きまとわれているんだ」 「わかりました」  時空連続体構築濃度計測器によると、この一帯の

連載小説【夢幻世界へ】 断片2 犬と井戸

【断片2】 「十日頃の夢は次のようなものでした。  ひとつの深い井戸がありました。  その傍らに、二匹の犬が徘徊していました。  井戸は深く、四、五十丈(五十~七十メートル)の深さです。  犬たちを愛でていると、黒い犬が手違いで井戸に落ちてしまいました。  悲壮な鳴き声を一度だけ上げ、その後聞こえなくなったので、ああ死んでしまったのだと思いました。  そばにいた白い犬も危ゆく落ちそうになりましたが、こちらは近くの月桂樹につながれており、落ちることはありませんでした。  な

連載小説【夢幻世界へ】 2−5 そら豆と木箸

【2‐5】  北海道ではなく、戦いの場に着いてしまった。  曇天の空。  ビルは崩壊し、電柱は中程から折れ曲り、砂塵と突風が吹き荒れる。トラックは横転し、軽自動車はめらめらと赤い炎を立ち上らせる。人々は逃げ惑い、屍体と化した赤子が乳母車に忘れられている。  市街戦を今まさに行なっている中、なんとか大使館まで走り抜けなければならない。  三つの聖地が額ほどのスペースにあるこの場所で、椅子取りゲームを死に物狂いでする民族たちに囲まれ、私は大いなる違和感を持っている。

連載小説【夢幻世界へ】 2−6 畢竟、依を帰命せよ

【2‐6】  核の冬。  夢想されたが、実現することのなかった世界。  度重なる核爆発により大気圏に吹き上がった塵が太陽光線を遮り、地球の平均気温を十度押し下げ、小氷河期が訪れる世界。  街は古ぼけ、暗く、塵が舞い降りる。防寒具を着込んだ人びとがそそくさと建物から建物へ移動する。  残留放射能と天候不順からくる日常的な食料不足、インフラの崩壊と人々の荒んだ精神が生み出す厭世的、退廃的な思想。  ある時期、この世界が現実のものとなるように感じられた時期があった。詳細なイメージ

連載小説【夢幻世界へ】 断片3 夢の風景

【断片3】 風景1 往復するトロッコ列車 駅から真っ直ぐ線路が見える。 その線路の先には到着駅が見える。 昔ながらの券売機で切符を買い、トラックの荷台のような、開けっぴろげの車体に乗り込む。 おばあさん、おじいさん、小さな女の子を連れたお母さん、観光で来たらしき二人のご婦人。 ゆっくり静かに列車は動き出す。 列車は少しだけ、ゴトン、と揺れるが、それからはスムーズに進む。 周囲は広く開け、列車の周りには原っぱが広がる。 遠景に工場、住宅、その向こうは薄緑色をした低山

連載小説【夢幻世界へ】 2−7 第二の奇跡

【2-7】 四十七都道府県が存在したのは今から二十年以上前のことだ。国はいつの頃からか、右肩上がりの経済成長を陽炎のような儚い夢物語と捉えるようになっていき、得意の「過去を無かったことにする」という手法を幾千もの公文書と無意味な議会の公聴会によって「変化に対応する」という大義名分とともに現実に使用した。  大阪は関西州となり、京都は関西州の文化観光首都となった。もちろん経済政治の首都は大阪で、神戸は貿易振興と医療首都だ。奈良と和歌山の一部は資源開拓地域(山間部を一万メートル

連載小説【夢幻世界へ】 2−8 最後の砦

【2‐8】 「ここが最後の砦よ。もう後が無いわ」 「やんなっちゃうわ、どんだけ光が来るのよ。受けきれないわ」  瞬きをする暇も無く、暗闇を照らす光の矢が、粒子をまといながら豪雨のように降り注ぐ。 「あきらめなさい。あなた達に逃げ場はないのよ。もう終わりにしましょう。(ペンタゴンに頼んで)核となる精神構造だけは地中奥深くに保管しておいてあげてもいいわよ。けれど保管期間(の150年)が過ぎれば破棄されるけどね、ふふふ」 「このあばずれが。おまえもただの幽霊みたいなものじ

連載小説【夢幻世界へ】 断片4 摩利支天像

【断片4】 「十月四日、高尾から京に出掛け、その夜、陽炎なる摩利支天像を見ました。  七匹の猪を引き連れ、座して投げかける眼差しは、やわらかな春の日の日差しのようでした。光の物体化を象徴する摩利支天は梵語でマリーチといい、武勲の守り主でもあり、私には馴染みのある仏です。恭しく礼拝をし、帰着しました。その夜、次のような夢を見ました。  あるところのお堂に参拝をしました。中に木造の天女像がありました。天女像は私に微笑みかけています。やさしい、母親のような眼差しでした。私は居