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連載小説【夢幻世界へ】 4−5 意味のある生

【4−5】

 

 この世に残るものは、ほとんどなにもない。シャボン玉が割れたときに残るものは、わずかな石鹸水だけであり、はかないシャボン玉を惜しむことはあっても、地面に吸い込まれた石鹸水に思いを馳せる人はほとんどいない。

 そんなことを考えながらベロニカは職場のあるビルディングへの道を、コツコツとハイヒールの靴音を刻みながら歩いていた。碧みがかったショートカットの金髪をなびかせ、マリンブルーの瞳を煌めかせ、その瞳には燃える意志を揺蕩させて、彼女は超高層ビルディングに吸い込まれていく。

 もし、人の寿命が500年であったとしても私はそんなに生きていないかもしれない。意味のない生に興味はない。では、意味のある生ってなんだろう。生きる意味とは?

厳重なセキュリティーコードを幾度も暗唱、打ち込み、提示をした後に、自分のデスクのある部屋に到達する。ボスと同僚が3人、あとは自動人形だ。ボスが概況を説明している。

「・・・日本では、DCミニは90%の普及を達成している。既にインフラのひとつと言えよう。製造はセントラルアクティブ(中動)電気と、MIKASA(御笠)自動車、エンタックス(円税)が主要回路を作成し、各エリアの工場で厳重に生産ラインを警備しなながら月産約5,000個生産されている。これはDCミニが既に広く行き渡ったため、ほとんどが修理交換・保守作業用だ。海外への輸出は今までほとんどされていなかったが、ここに来てシンガポールやフィリピンからの需要に対応するため増産体制に入っている。現地生産を行わないのはその機密とも言えるコアブロックの仕組みを暴かれないためだ。我々が分析したところによるとDCミニ自体はニューラルネットワーク機能と脳波変換機能以上のめぼしいものが見当たらない。やはり鍵はジャンク・インした後のドリームワールドの形成に隠されていると考えてる」

「ドリームワールドはブロックチェーンと量子コンピュータから導き出されたサイバースペースだ。各個人の思念が生み出すイマージュによって世界構築が為され、そのなかで人間はエスパー(精神感応)のような思念情報の交換を行う」

「ドリームワールドでは多くの特徴的な現象があるが、その中でもイマージュの形成について、なぜドリームワールド内でイマージュが物理的な振る舞いをするのかが解明されていない。我々はその効力を再現し用いることはできても、その原理を知らない。人間の生み出す物質と精神の間にあるイマージュがその世界では物理的な側面に寄ってくるのだ。この原理を未だ日本以外の国家は理解していない」

「理解する必要があるの?ほおっておいても所詮日本よ、怖くはないわ」ベロニカが言い捨てる。

「当初は我々もそう思っていた。しかし精神ネットーワークを活用した外交、経済交渉を見ると、彼らがそれを活用しだしてからは明らかにその知覚レベルが向上しているのだ。全体把握、的確な正答提示、人間が陥る四つのイドラを難なく飛び越え、神の視点、とは違うものの、その場で全体最適、最良の答えを必ずと行っていいほど引き出してくる日本の企業、政府に、各国、国連、どの組織も太刀打ちできないようになってきている。本来外交は国益のぶつかり合いなのだが、日本はその国益を損なうことなく、民族主義やイデオロギーを超えたすべての国がメリットのある、まさしく奇跡的な答えをいとも簡単に導き出すのだ。まだ我が国民は気づいていないが、このままでは早晩日本人が世界国家を動かし出すようになるだろう。それを見過ごすわけにはいかない、我々アングロサクソンには到底看過できない」

「いやらしいわね、レイシズムはもう流行らないわよ」

「それだけではない。日本は確実にグローバル経済の主導権を西洋諸国から奪うことになるだろう。第二次世界大戦で掴めなかった日本の野望が現実化するかもしれないのだ。これは世界大戦の前哨戦でもある」

「おおげさね。中国よりマシじゃない。まあまずは彼らの鍵を探し出して戴くこと、そして彼らの仕組みを完膚なきまでに叩き潰すことね。それをミッションとして我々が組織されたわけだから」

 言いにくそうにボスが白状した。

「実はミスティが捕捉された。すまんがベロニカ、ケートルとともに潜入し、ミスティを救出するとともに、破壊工作と鍵の探索を頼む。明日0時からの行動だ。ミスティはどうやら思念に拘束錠をかけられ、戻ることができなくなっている。このまま30日が経てば彼は脳死状態に陥り、つまりは精神が死ぬ」

「なんてこと。忌々しいジャップめ」

「憎しみの感情を掻き立てておくれ、ベロニカ。お前の能力が必要なのだ」

「何人殺してもいいわよね、ボス。その勢いでもしかしたらミスティも殺っちゃうかも」

「それは勘弁してくれ。とりあえず生きたまま返還するよう善処願う。こうみえてヒューマニティを大事にする国だからな、我々は」

小さなスライムの形をしたDCミニを手で弄び、舌で舐めながらベロニカは笑った。

「ヒューマニティ、いい言葉ね。感じちゃうわ」

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