見出し画像

俺2号の逆襲

 ずいぶん昔の話だ。

 「昨日、おまえ2号を見たぞ。相変わらずそっくりだったよ。」
 よく友達にからかわれた。
 「またその話か」
 聞く度にうんざりした。

 世の中には自分とそっくりな顔をした赤の他人がいるようだが、大半の人はその人を一生見かけることはない。
 私の場合はその人が身近に居た。

 その人のことを友達は「2号」と呼んでいた。その人にとっては、「そう言うお前が2号だろ」と言いたいぐらい失礼な話だ。ただ本当に私と瓜二つで、姿形はもちろん、普段のしぐさや話しぶりもよく似ていて最初見た時には双子の弟かと勘違いする程びっくりした。もしかして、私は2号と同じ親の下に生まれ、橋の下に捨てられた子供なのではないかと一時は疑ったほどだ。

 2号は隣町の小学校に通っていて、このままだと翌年四月には同じ中学に通うことになる。益々友達にからかわれること必至で、今更引っ越したいなんてわがままを親に言えるはずもない。もし同じクラスになったらと想像しただけで憂鬱になった。

 そんな頃、とうとう2号と直接対面する日が来た。地域の夏祭りでの出来事だった。

 「お前、俺とよう似とるな」
 話しかけてきたのは2号からだった。全身が金縛りにあったようにびくっとした。2号は恥ずかしそうに私に握手を求めてきた。

 「薄々うわさは聞いておったよ、確かによう似とるな」
 私は2号に馬鹿にされまいと平静を装って握手に応じ言葉を交わした。面と向かってまじまじと2号の顔を見ると本当によく似ていた。まるで鏡の前に立って自分に挨拶している様だった。

 「お前、賢くて運動もできて人気者らしいな、すごいな」
 2号の言葉にびっくりした。そんな風に思ってくれていたなんて。
 私のことは2号の小学校でも噂になっていたようだ。

 「そんなことないよ、ただの人間さ」
 謙遜するうまい言葉が見つからず、変な回答をした自分が恥ずかしくて下を向いた。

 「ただの人間って、なんだそりゃ」
 2号が呆れ顔で答えた。

 2号との会話はそれだけだったが、別れ際の2号の薄ら笑いが妙に気になった。

 翌年四月、私は予想通り2号と同じ地元の中学校に通う羽目になった。
 中学で私は学級委員に任命されクラスの中心となり、ひいては学校の中心的存在となった。周りがちやほやし、人気者として認知されるようになった。

 一方の2号は、お世辞にも人気があるとは言い難く、学校でいたずらをしてはよく先生に叱られていた。走ることや勉強の成績も芳しくなかったようだ。
 今思えば、勝手に2号と扱われ悔しい思いもしたことだろう。私を気に食わない存在として意識し、私への恨みや復讐心が芽生えたとしても不思議ではなかった。あの野郎今に見ていろ、このままで済むと思うな、と内心思っていたのかもしれない。

 幸か不幸かその機会は意外と早く訪れた。クラス対抗のサッカー大会での出来事だった。

 私のクラスは2号のいるクラスと対戦、試合は白熱し、クラスの女子たちも声をからして応援してくれていた。
 私は夢中でボールを追いかけ、相手ゴール前に攻め込んでいた。相手がクリアしたボールが高く上がり、ボールめがけてヘディングしようとした、その時だった。

 クリアボールを蹴ろうとした誰かの足が私の顔に当たった。一瞬で目の前が真っ暗になった。意識が遠のいてその場に倒れこんだ。

 気づいた時は保健室のベッドの中だった。

 友達の話によれば、2号が高く伸ばした足が私の顔にまともに当たり倒れ込んでしまったとのこと。2号は反則により即退場、私は担架で運ばれ、試合は一時騒然となり中断された。先生も2号を厳しく𠮟っていたそうだ。その後試合は再開され私のクラスが勝利した。

 この出来事を、周りは「2号の逆襲」と面白おかしくはやし立て、皆私に同情した。でも私は内心、2号を気の毒に思っていた。普段から私ばかりが目立ち、周りから2号呼ばわりされた挙句、今回の件でとうとう悪者扱いされてしまったからだ。

 その事件の後、2号は私のクラスまでわざわざ謝りに来てくれた。体を小さくさせ、ちょこんと頭を下げた。私も恐縮して何度も小さく頭を下げ返した。クラスのみんながじっと見守っていた。2号は顔を真っ赤にして猛ダッシュで教室から出て行った。

 クラスの友達は私にねぎらいの声をかけてくれたが、彼の気持ちを思うと、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 さぞかし恥ずかしくて気まずく、勇気のいる行動だったと思う。

 その件以来、2号とは益々疎遠になった。そのままクラスを同じくすることなく時が過ぎ、中学を卒業し、その後の彼の消息はわからなくなった。
 
 今、私はどうしても2号の名前を思い出せないでいる。
 まるで幻覚であったかのように・・・。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?