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「恋愛も結婚もセックスもしたくない」37歳女性がマンガで描いた“自分の経験”「読者は意外と男性が多いんです」|case.2 前編

『恋愛も結婚もセックスもしたくない人がいるんです』
 
 2020年、こんなインパクトのあるタイトルの同人誌が火丁(あかり)さんによって出版された。アロマンティック、アセクシャルを自認する火丁さんは、職場や身の回りで起きた自身の出来事を「コミックエッセイ」という形で描き、コミティアなどの即売会に「ひのとや」というサークル名で参加。“アセク本”のジャンルを切り拓くまでの人生について話を聞いた。(記事は後編もあります。後編は
こちら

プロフィール
年齢:39
出身地:東京
性自認:シスジェンダー女性
恋愛的指向:アロマンティック
性的指向:アセクシャル
好きな食べ物:きなこ味のもの
特技:絵を描くこと
苦手なこと:営業、団体行動、パクチー

以下は火丁さんのツイッターアカウント

 Q1 どんな子どもでしたか?

・将来の夢=「お嫁さん」への違和感

――小さい頃はどんな子どもでしたか?
 なんというか、「ほわーっとしてた」子だったと思います。きょうだいに弟がいたので、家で弟と一緒に遊んだりとかしてれば、別に友達いなくてもいいやみたいな感じでした。幼稚園や小学生の時は友達とつるむ、みたいなのはあんまりなかったかなあ。小学校も高学年になれば友達もいるにはいたかなというくらいです。中学2年のクラスは友達が本当に誰もいなくて、周りはグループできていて入れないし。なんかペアになってやりなさいみたいな時に余っちゃう子。なので辛かったですね。でも、授業自体は別に苦痛じゃなかったし、早くクラス替えしてくれないかな、くらいに思っていました。
 
――「恋愛」みたいなものは当時、どう捉えていましたか?
 たしかに幼稚園の時に「みんなの将来の夢を答えて」と紙に書くことがあって、女の子はみんな「お嫁さん」って答えていて、私は小さいながらに「お嫁さんってなんか違くないか」という違和感があったんです。それで私は「看護師さんになりたい」と書いていました。人を助ける仕事がしたいと思っていたんですよね。
 
――誰かのことが「気になる」みたいなことはありましたか?
 小学校5年生くらいに転校生の男の子がいて、その子がちょっと気になるみたいなのはありました。ただ、恋なのかがよくわからなかった。その子はまたすぐ転校しちゃったんですけど、その時の感情はよくわからないです。友達になりたかったのかな? 転校生っていうキャラがよかったのかもしれないですね。

・テニスの王子様にハマる

――この頃からマンガはお好きだったんですか?
 よく読んでいました。最初の頃は『りぼん』を読んでいたんですけど、割と早く『ジャンプ』に移って、『りぼん』期間は短かったですね。少女マンガの『天使なんかじゃない』とか、『ママレード・ボーイ』とかを読んでましたけど、すぐ少年マンガに移って『るろうに剣心』、『HUNTER×HUNTER』、『ONE PIECE(ワンピース)』、『テニスの王子様』とハマっていきましたね。
 
――いつからマンガを描きはじめていたのか
 中学校の時に美術部に入っていたんですけど、「イラスト部」という感じの、自由におしゃべりしている、だいぶゆるい部活でした。友達のお姉ちゃんが同人誌とか買ってきて、いろいろ読んだりする中で「面白い、マンガって描けるんだ」と思って、自分でも描くようになりました。自分でも同人誌を買うようになり、よく手に入れていたのは『テニスの王子様』の二次創作ですかね。青学の乾(貞治)と海堂(薫)のカップリングや氷帝の跡部(景吾)と(芥川)慈郎の組み合わせが好きでした。それ以外も広く「腐(女子)」の目線で見ていたと思います。

Q2 アロマンティック、アセクシャルに出会うまでに感じた生きづらさはありますか?

・上司からお見合いを勧められる

――中高生だと、周囲で恋愛話のやりとりが多くなると思いますけど、あかりさんはいかがでしたか?
 私の身の回りではあまりなかったですね。高校はいわゆる進学校に入って、身の回りで「大学生と付き合っている」という噂が盛り上がっていたりしましたけど、基本はあまりそういった話題には関わっていなかったですね。反応も鈍かったりして、話し相手として面白くなかったのかもしれないです。
 
――親から恋愛や結婚について聞かれたり、促されたりはしましたか?
 祖母や叔母には言われましたね。ただ、父は単身赴任でそんなに家にいなかったし、母は「あんたに結婚は無理よ」って私のことをわかった上で言ってくれているので、両親との関係という意味ではだいぶ楽でした。母親の「子供なんて絶対思い通りに育つわけないんだから、元気に生きてくれればいいよ」みたいなスタンスはありがたいなーと思っています。
 
――社会のいわゆる「恋愛、結婚をすべきプレッシャー」みたいなのを感じたのは、会社に入ってからになるんでしょうか?
 そうですね。会社に入る前は四年制の大学で、教職の資格を取るべく勉強していました。大学の身の回りでは恋愛する人もいるけど、「私はしないぞ。するやつは軟派なやつだ」というスタンスでした。身の回りも、恋愛話をせずに盛り上がるようなノリの友達だったりして、その子たちとは今でも仲良いです。
 卒業後は結局、教員にはならず、金融機関に就職しました。結構古くさいところも残っている会社で、入ってからは一緒に旅行行っただけで、その上司と「結婚まだなの?」みたいな感じで言われたり。女性の上司からお見合いを勧められて、写真を持ってこられたこともありました。

――それに対してはどんな反応をしていたんですか?
「同業者NGです」とか、同業者でなければ「今は忙しいんで」とかいろいろ言って断っていたんですけど、若い時、一回だけどうしても断れなくて、先輩の友達と会ったことがありました。
 その時の「この子はどうだ?」みたいな、値踏みされるような視線が嫌だったし、そういう人工的な出会いも嫌だなと思いました。たしかパスタをその席で食べたんですが、そんな雰囲気からか、ほとんど口をつけられず、味も思い出せないですね。今でもたまにその店の前を通るのですが、それからトラウマになって、いまだに再訪していません。どうせ出会うのであれば、自力で出会いたいという思いも少しあったし、その当時、自分の感情やアロマンティック・アセクシャルであることをまだわからなかったんですよね。

Q3 アセクシャル、アロマンティックにはどのように出会ったか?

・爆笑問題のテレビ番組で知る

――アセクシャル、アロマンティックという単語に出会うきっかけは?
 2013年6月、29歳の時に『探検バクモン』(爆笑問題がMCのNHK番組、該当の回)で荻上チキさんが「恋愛感情を持たないアセクシャルというのもいるんですよ」と言っていて、「今なんて言った!?」となり、自認した感じです。
 
――単語に出会ってどんな感覚でしたか?
 最初知った時は安心というか、他にもいるかもしれないんだとホッとしました。ただ、その後に申し訳ないという気持ちが芽生えました。親は「孫が~」という人ではなかったので、そういうプレッシャーをいつも感じていたわけではありません。ただ、同い年の子たちが結婚ラッシュのタイミングで、ふと「私は自分の両親に孫も、結婚する姿も、見せてあげられないんだ」と思って、なんかごめんなっていう気持ちになりました。いわゆる普通の人にある幸せと言われるものが私にはないんだと思うと、ちょっと切なくも感じたりして。私の生きる意味って何なんだろうなあ。みたいな。

Q4 アロマンティック、アセクシャルに出会ってからどのような変化がありましたか?

・「アセクシャル つらい」で検索

――その後、何か変化はありましたか?
 その後は「私はアセクシャルで生きていく」と思ったけど、やっぱり日常的に「誰かが結婚した」とか話題に出されたりして、「うーっ」ってなることが多くて。それで2019年頃に「アセクシャル つらい」で検索して、佐野さんの『セックスが気持ち悪くてできなかった男の話』っていう本を見つけて、それを読んだんです。作品では、彼女となる女性といろいろ話し合って「セ」(=セックス)とかもない関係を築いていて、ラブホとかに行くんですけど、何もせずにベッドでだらだらゲームしたりとか、そういう関係いいなと思って。

 その佐野さんのブログに「みんなのものを読みたいから、みんな書いて」みたいな投稿があって、それにドンっと背中押されて、マンガを描こうと決めました。自認した後から、検索しても当時はアセク関連の作品が少ないなと思っていて、何か自分が描けたらと漠然と考えてはいました。なので、ジャンルとして自分の身の回りの出来事をネタにする「コミックエッセイ」にするのは、あまり悩まず決まりました。
 その後、2020年に入ってコロナ禍があり、志村けんさんが亡くなって「人間ってあっさり死んじゃうんだな」と思って……。私もいつ死ぬかわからない、私が後悔しないのはやっぱりアセクシャルの同人誌出すことだなと思って。今までコミックエッセイは作ったことなかったですけど、死ぬ気でやればなんとかなるし、どうせいつかみんな死ぬんだから。まあこういうのやってもいいだろう、と思って死ぬ気で作って出した感じです。
 
――中学以降ずっと絵は描き続けていたんですか?
 高校でも描いたりして、「グリーングラス」という名前で2冊ほど同人誌を出していたりはしていたんです。ただ、そこから20年くらいブランクが空いている感じでした。デジタルで描く技術もなくて、ほとんど、いちからのスタートでしたね。2019年夏から計画して、2020年5月、9月と同人誌の即売会がコロナ禍で中止となり、2020年11月のコミティアでようやく対面で販売ができました。

・同人誌のタイトル、攻めた理由

――タイトルは『恋愛も結婚もセックスもしたくない人がいるんです』と目を引くものになっています。

記念すべき1作目の表紙

 最初、タイトルも「アセクシャル・アロマンティックの自分を描いてみた」といった形を想定していて、「アロマアセク」という言葉を入れてたんですけど、これは本当にセクマイ界隈とかの人にしか刺さらないし、結構知らない人に知って欲しかったので、まあ私はこういう人だなと思ってああいうタイトルにした感じですね。
 
――ただ、もともと1作目でアセク本の活動を終える予定だったそうですね?
 もともと同人活動自体、この1回きりのつもりでした。ただ、11月のコミティア帰りの電車の中で「次何描こうかな」って思った自分がいて、ハッと感じて。「私、まだもうちょっと描きたいんだ」と思って。作業中も、無音でペン入れ(本番の線を引く作業)をやっている時にふと「私本当に描きたかった事ってこれかもしれない」みたいに感じて、ビビッと来ていたんですよ。
 1作目は自分の中で厳選していて、まだちょっと出し切ってないところがあったんです。何よりも目の前で5冊売れたのがやっぱ嬉しかったんですよね。その前の9月に新潟で委託の形で何冊か売れて、購入してツイートしてくれた人へのお礼もしたいとか、いろいろな要因があって2作目を作って、その次にアセクシャルの方たちが集まったアンソロジーも作って……と、今に至ります。

・購入者の8割以上が男性 

――どんな人が買い求めに来たのでしょうか?
 実際に売ってみて驚いたのですが、8割が男性なんです。意外だったのはアセク界隈の人が買ってくれるのかなとおもったら、「彼女がアセクです」とか、「旦那さんがアセクっぽいんです」という人が買ってくれていました。そこに向けているつもりはなかったですけど、当事者さん以外にもそういう需要がありました。
 
――意外な傾向です。なぜ男性が多いんですかね?
 よく女性は抑圧されているみたいな感じで言われますけど、こういった本に手が伸びるということは男性もまあまあ抑圧されてるのかな、と思うんですよね。
 
――男性のコミュニティの中だと、女の人と遊んだ経験の多寡がマウンティングの材料になることもありますし、性行為が嫌いなことを言える状況じゃないみたいな方が多いのかもしれませんね。
 私も実はちょっと偏見があって、男性はみんな「セ」したいものだと思っていました。でも、そうじゃない人多いんだなあっていう。この本を手に取る方でいうと、アセクシャルやアロマンティックという単語は知らず「性欲が薄いかもしれない」みたいな違和感を抱き続けている方も一定数いるのかなと感じました。 

Q5 ラベリングについてどう感じていますか?

・必要以上にとらわれすぎないぐらいがいい

――過去にはアセクシャル・アロマンティックであることに「もっと早く気づいていたら、モヤモヤがもっと早めに解消できた」という趣旨の投稿をしていました。今はどう感じていますか?
 自認した直後はもうちょっと早ければって思いましたけど、もし20代前半だったら「私にはまだ可能性がある。なんか認めたくない」みたいな感じになっていたかもしれません。今にしてみれば、20代最後の年に気づけたのは、出会うべくして出会ったタイミングだったのかなと思います。
 
――「アセクシャル」「アロマンティック」といったラベリングについては自身の意識としてはしっくりきていますか?
 はい、間違いないので。胸を張ってじゃないけど、「これなんだ。私は」みたいな感じで。デミ(ロマンティック)みたいなのもまあ全然ないですね。全然トゥンクが分かんないですよね。「トゥンクとは?」みたいな感じで。
 
――ラベリングについてどう考えていますか?
 必要だけど、必要以上にとらわれすぎないぐらいがいいのかなと思います。ラベリングはお酒じゃないですけど「ほどほどに」(笑)みたいな。これだからこうしなきゃ、例えば「アロマアセクだから地味な服装しなきゃ」というのは、ちょっと違うなって思うんです。自分の好きな格好してていいと思うし、例えばちょっとエッチな恋愛ものとかの作品を楽しんでも全然いいよ、と思います。「アセクシャル」だったり「アロマンティック」という大きなくくりを外さないけど、それ以外の部分はゆるーくとらえる形でいいんじゃないかな、と考えています。 

・「見た目はボーイッシュ」を目指していた時期も

――たしかにマンガや映像作品でもアセクシャルのイメージが固定化していて、それが逆に「アセクシャルとはこういうものだ」というイメージの刷り込みを進めている気がします。
『私は壁になりたい』っていうマンガでは、主人公はアロマンティク、アセクシャルの子で、セミロングぐらいの黒髪でちょっと地味め、オタクと括れるようなキャラ設定なんです。私自身、この作品が好きなのですが、言われてみると、アセクシャルの女の子がこういったイメージで描かれることが多いなあと。『作りたい女と食べたい女』というマンガではアセクシャルの女の人が出てきて、その人は仕事をバリバリやっていて、モノクロページなので断言はできませんが、たぶん黒髪。結構おしゃれな感じなんです。
 個人的には、茶髪ロングでおしゃれ大好きみたいなアセクシャルがいてもいいんやで、と。というか実際いるし、とも思っています。もっともっとバリエーションが出てきてほしいですね。

――アセクシャルの中でXジェンダー自認、中性的な見た目の方もいますが、それはあくまでひとつのタイプでいろいろな方がいますもんね。
 私自身も昔はXジェンダーっぽくなろうとしていたと思います。中学校の時とかは中二病っぽい感じなんですけど、結構男の子っぽい感じでいて。でもそんなにスカートを履くことに抵抗はなかったんです。ただ、ストッキングやタイツを履くのがすごい嫌で、就職活動の時はスラックスを履いていました。
 あとはビジネススーツの台形スカートも嫌で、スラックスを履いていたら「なんでスカートじゃないの?」って聞かれたりしました。男の人に憧れていたわけじゃないけど、見た目の感じはやっぱりなんかボーイッシュでいたかったなみたいな感じですね。
 
――今もそれは変わっていませんか?
 入社2,3年目の時にお絵かきサークルのイベントにノーメイクで行った時にちょっと恥ずかしかったんですよね。メイクってやっぱマナーなんだなって思って。恥ずかしい思いをしないために、なんかメイクって結構大事かもって思うようになって、それからちゃんとするようになりました。

・エーゴセクシャル

――ラベリングに関して言うと、あかりさんは年齢制限のある同人誌も読まれるそうですね。これまで話に出てきたような「典型的なアセクシャル観」とずれている自分に葛藤を感じたりはしましたか?
 ちょっとありますね。「私、矛盾してるな」みたいな。でも、自分はするのが嫌で作品は別にオッケーなのかな? なんて思うようにしていて。リアルじゃなく、ファンタジーだから受け入れている部分はあるのかな。こんなにアセクシャルのことを発信していて、“裏”でエロい作品を読んでいて、「私なんか破綻しているな」と……。もし今後18禁になるような同人活動をやるなら、この界隈の人たちには絶対教えない。名前を変えてこっそりやろうかなと思っています(笑)。
 
――その矛盾はご自身の中で論理的に解決したのでしょうか?
 アンソロジーにも参加いただいたエイひれさんという方の投稿で、アセクシャルの中でもエロ同人誌を読む人がいるし、私はエーゴセクシャル(他者に性的に惹かれず性的関係を望まないものの、性的空想やポルノ、自慰などを楽しむことはするという性的指向。 AセクAロマ部より)なんだということがわかって、別にアセクだからって、そういうの見ちゃダメってわけじゃないよね、と思えたんです。

――カミングアウトについては、どのように考えていますか?
 SNSでつながったアセクシャル界隈の「仲間」には結果的に伝えていますが、家族とか仲のいい友達には「一生言わないな」って思ってますね。私の場合、「言わない」にも何種類かあって。
 ひとつは家族と友達は「ふーん」で終わりそうだし、言っても言わなくても多分なんも変わんないというパターン。
 一方で、会社の人に対しては「バレたらもう大変」。ふーんで終わる人も中にはいるかもしれないけど、「何?それ、信じられないんだけど」みたいな感じでなんか心無いこと言われそうだなというのが想像できる、バレたくないパターンですね。
 そもそも言わなくても、まあ生きていけるじゃないですか? このマイノリティーは。だから、私は仲間には積極的に開示していくけど、そうじゃない人には「絶対に言わない」ですね。
 
(続く→後編へ

(後編で聞いていること)
Q6 今、幸せですか?
Q7 パートナー、家族についてどう思うか?
Q8 おすすめのコンテンツ、アカウントなど
Q9 理想とするロールモデル、今後どんなふうに生きていきたいか?
Q10 メッセージ

この文章はれいすいきが書いています

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