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妾すべてを愛ぐす大阪の電鉄なり

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1、

 時刻は夜明け前、ヒトの時刻では四時半か。ヒトの大半はまだ寝ている。しかし わらわがいるこの鉄の道、ヒト呼んで南海電鉄は稼働準備に入っている。

 ヒトは己の足でもって歩く以外にもたくさんの移動手段を持っていて、これもその一つにすぎぬ。しかし電鉄なるものは、現在の陸路における交通手段の中では、ヒトの個体を一度に多く運べるものだろう。

 妾がいるここは何にでもどこにでも細部に神宿る百万の国なり。妾はその中の一つにすぎない。妾はいつでもヒトを見ている。

 妾はそのはじまりも覚えている。最初は単純にヒトの持っている二本の足で鉄道なるものは存在しなかった。ヒトの行動範囲も狭く土の道も整備されていなかった。妾は大きな辻の高い所を見おろして行きかうヒトを見守っていた。

 太古から二足歩行を助ける杖はあった。元来ヒトの歩行には期限があるし、若くともケガや病気で杖はある日突然使う。

 歩行の距離は経済が発達するにつれて伸びていった。ヒトの寿命はほとんど変わっていないのに、行動距離の変化ときたら、それは瞠目すべきもの。

 杖だけでは歩行の距離は伸ばせない。馬や牛、ロバを使う。ヒトは生物の中では一番賢い。ヒトの頭で考えてそれを実現する能力が異様に高い。

 陸路のみならず、水路ならば船だ。水の流れもヒトは計算しつくして小さな小舟から大きな船まで作る。それで海へ行く。しかし水路も天候に左右されてしまう。短期間で長距離をもっと動くならばどうしたらよいのだろうとヒトは考えた。

 そこからあっというまに車が誕生したと思う。車の始まりは別の国から。だけど妾がいるこの国のヒトも作るようになった。人力車からガソリンを使う車。次いで電気で動く電車。平坦な道のみならず悪路でも行けるように工夫をこらす。トンネルもだんだん距離をのばし、海底までも道を作ったのは大したもの。最初は電車も自動車も一緒の道を走っていたが、ヒトはやはり賢い。

 鉄道の道はあっというまに鉄道専門の道になり、自動車は自動車専門の道に分かれた。ヒトがそう考えた。

 妾は陸路の鉄道が気にいって以来そこにずっと住まっている。ヒトからは妾の存在は知られず、過去の土の道にあった道祖神のように崇拝を受けることはない。ヒトの崇拝を受ける神々は道祖神のみならず古来から神社仏閣があちこちにある。妾はそういう神聖なるものではなく、もっと身近なものだ。空気と一緒であって当然で、ヒトからは存在すら認識されないもの。

 また妾はヒトとの行動を共にするどころかヒトとの感情交流すらない。だけど妾はヒトの行動から目を離せない。それが妾の性。

 ヒトがよく言う「飽きる」 ってなんだ? 

「しんどい」 ってなんだ? 妾にはわからぬ。

 それでも妾はヒトを見る。

「うれしい」 はわかる。「やった」 もわかる。

「大好き」「愛している」 もわかる。

 ヒトの細部をよく見ると二本ずつの手足、目と耳と。だけど思考がそれぞれ違うのはわかる。個体がまったく違うのにヒトが集団となって歩いていくと、この国の中の流れがわかってくる。

 妾もまたヤオロズの国の始まりのように鉄道を見つめて生きている。ここまで読めばわかるだろう。妾はヒトのいう神でもない。第一ヒトの望みをかなえない。身体も思考もヒトの造りと全く違う。

 理解はできぬだろう。ヒトの能力にはおのずと限界と期限がある以上それは無理なことだ。

2、

 実は妾にはそれぞれの駅と電車が内臓されている。妾自身がその形態を選んだ。元々伸縮自在。一つ一つの電車や駅が妾の一部になっている。ヒトは妾の存在を認識すらしないし存在も認めることができぬだろうが、妾はその総括的な鉄道の上に確かに存在する。それらの全体的な思考が妾だ。妾は確かにそこにいる。小さな百万の神の上には大いなる自然を作った大神がいて妾はその配下でもあろう。しかし妾はヒトが作った鉄道の中にいるがヒトを導かない。妾はヒトが作ったものの上に宿る小さな神とも言えぬ。

 妾の普段の生活を話そう。妾には就寝起床の概念はない。妾の思考そのものがそこに漂うだけ。妾は何者に対しても恐れや敬愛の念も抱かせない。

 妾は夜明け前のヒトの気配にそっと首をもたげて路線を俯瞰する。始発の駅に意識を向けるとそこが難波駅だ。今日もヒトの一日が始まる。駅周りの小さなマッチ箱のような部屋のそれぞれからヒトが出てくる。そして数か所ある改札口に集約され、そこからまた放散。

 地上から離れた三階のホームから始発電車が動く。難波の街からは夜通し遊んでいた若者たちが疲れたように車内のソファにだらしなく座る。これから仕事だといわんばかりのスーツを来た男女がサンドイッチと缶コーヒーを器用に片手で持って立つ。それらのヒトはここでは「乗客」 という。つまり鉄道会社から見たらお金を払うお客様だ。

 それらのお客様を運ぶ駅員と呼ばれるヒトの役目は、乗客よりもぐっと数は少ない。駅員のみならず電車を動かす乗車員たち。みな目を大きく開いてきびきびと働いている。彼らは対価としてお客様からもらた乗車賃から「お給料」 というものをもらっている。

 古来からヒトは誰かの役に立つために働く。その対価でお金をもらって生活をする。お互いがそうなるシステムになっている。これはよくできている。ヒト以外の動物はそれをしない。だからこそヒトは賢くもあり、愚かでもある。

 さて最近は車中で働くヒト以外は、みんなスマホとやらを持っている。アレがブームになったのはつい最近だが、それ以来ヒトがまわりを見まわして会話をすることがなくなった。

 ああ、だんだんとヒトが増えてきた。特に難波駅界隈はたくさんの出入りがある。このあたりは「難波駅」 がたくさんあるね。近畿鉄道の「難波」。それと国鉄、違ったJR用の「難波」。 地下鉄の「難波」 この地下鉄難波駅も三種類ある。

 同じ「難波」 と名乗っても路線がいくつもある。だから大阪に慣れぬヒトはよく迷子になっている。ほら、今も駅構内でも、うろうろしているヒトがいる。ふふっ。

 妾は小さなヒトが好きだ。

 ああ今日も迷子がいると泣いている幼子を見つめる。ほどなくして親が見つけ出して幼子を抱く。これは昔から見ることができる。鉄道がなく、歩行だけの時代から迷子は確かにいた。生き別れも見た。幼子を殴る親も見た。

 またヒトとの争いも見た。深夜が多い。殴り合いで流血するのは派手なことで、口喧嘩の類は他のヒトが同心円状に恐々と見つめる。罵るヒトの表情は、醜く歪む。怒りと嘆きの原因は何であれヒトの心を歪ませる。

 逆に愛し合うヒトの表情はとてもよい。ふんわりと心地よく収まる。妾はそれを見守るだけ。

 それぞれに思考と生き方が違っても、ヒトは同じ電車に乗って望む方向に足を使わずにして距離を稼ぐ。妾が常在しているこの南海電車もいくつか種類があって、特急、急行といって各駅に泊まらずすっ飛ばしていくものなどある。



3、

 陸路のうち高速道路を見つめている妾の友人、国道さんは、車の運転者でもスマホを見つめて事故を作るといっていた。

 ああ、妾の仲間は会話はする。ヒトの会話とはまた種類が全く違うが会話ができる。それもヒトは感知はできぬが。

 国道さんによると、車同士の事故は派手だが、鉄道事故もまた惨事を招く。妾はそれを見るのはつらい。だからある程度はヒトの感情は共有できている。

 妾は難波駅を主に思考を置いているので他の難波駅とも会話する。また妾にはこの国の西部で一番大きい空港駅、関西国際空港駅も包括しているのでいわば世界中の情報もその気になれば入手できる。

 他の国の鉄道でテロがおきたという情報などは、空港利用するヒトの思考や新聞を読むヒトの会話で妾の思考も沁みてくる。そこで妾はヒトと同じく平和を愛しているとも気づくのだ。

 安心して移動できる国、好きな時に好きなところに行ける国こそ平和なり。


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4、

 妾は地下鉄さん、と呼びかけるだけで、青、ピンク、赤の色をした難波駅が想起される。三つに分岐された難波駅は三つ子。彼らはそれぞれの色をした長い裾を翻させて妾に対峙する。妾もしゃんと見えるように背筋を伸ばして立つ。今日の雲は妾の頭のあたりにきて、それが形を刻々と変える。抜けるような秋の青空にこの帽子はいいだろう。美しく見えるとなお良し。

 相手の地下鉄さんたちはたいてい地下にいるので、妾よりもぐっと背が低い。もちろん私たちがヒトの上空にいるのはヒトにはわからぬ。

 地下鉄さんなる三つ子は妾に顔を仰向けてにこやかに挨拶を返す。

「おはようございます、南海さま。今日も良い天気でございますね。少し寒くなってきたのでそろそろ紅葉の季節に入りますでしょう」

「おはよう、地下鉄さん。今日もヒトは動いて働く。よりよい一日をすごすべく」

 いち早く御堂筋線難波駅の赤いコが言った。

「あらまた南海さまったら。私たちは三つ子ではなくてよ。独立しているわよ。南海さまと同じく難波駅とヒトに呼ばれても違うわよ」

 次には千日前線のピンクのコ。

「そうそう、ヒトの一卵性双生児と一緒ではないわ。顔もカラーも違うわよ。まあ確かに根っこは一緒かも」

 最後は四ツ橋の青いコ。

「だから私たちはいつでも手をつなぎあっている。ヒトは私たちを通して南海さまやJRさまに乗って行きたいところと行くべきところに行くのよ。逆もしかり」



 妾たちは顔をみあわせて、うふふ、と笑う。秋の風が吹いてきた。夏の熱風も私たちには関係がないが、ヒトはそうはいかない。上空からヒトを見るとマッチ棒よりも細かい。子細に眺めると、夏よりも着ぶくれて色も少しくすんだものを着てヒトは行きかう。

「だんだんとヒトが増えてきた。スーツを着たヒトが多い」

「南海様、今日は月曜日よ。だからじゃない?」

「黒スーツの団体は会社訪問よね。皆若いわね」

「あら会社訪問って言葉をよく知っているわね」

「ヒトの新聞、私も時々読むの」

「御堂筋ちゃんところは特にヒトの乗車が多いから、自然と物知りになっちゃうね」

「ミナミとキタをつなぐ最短距離が御堂筋ちゃんだもの。ほら、もうぱんぱんで満員乗車よ」

「あら四ツ橋ちゃんだってイケルじゃないの。どの電車もヒトでお腹いっぱいじゃないの。いいなあ」

「千日前ちゃん、そんなにすねないで。ヒトの乗り降りが多いからってエライことなんてないわ」

「ほうら、出社時刻がせまって満員になってきたわ。女性向け車両ができてよかったわね」

「ほんと、痴漢をするヒトってどこか歪んでヘンだもの。でも根絶できないのが困ったものよね」

「痴漢も事故も自殺も根絶は無理でしょう」

「無理でしょう」

 四人でうまくハモッたと談笑していると、近鉄さんを超えたところから野太い声が聞こえてきた。JR難波さんだ。妾は昔の名残でつい国鉄さんと呼んでしまう。経営者が国から民間へと変わったというのに。

「テロの気配がするから怖いぞ。見守り強化を意識せよ」

 妾と国鉄さんとは少し距離があるが、妾は丁寧に受け答える。

「ご忠告ありがとうございます」

 なんといっても国鉄と妾の身体はところどころ連結もしているし、特に関空では身体の一部が接触している。我ら鉄道のものはすべてどこかつながっているのだ。それはヒトの便利と整合によるものだ。野太い声が響く。

「テロ……どこからくるのか。空港駅を利用するヒトの意識もテロが出てくるぞ」

「まあ、怖いこと。それは日本の国のどこでしょうか?」

 すると妾と国鉄さんの間から、しっとりと落ち着いた声がした。これは近鉄難波さんだ。

「テロは痴漢やスリとはまたレベルが違う。鉄道のみならずヒトの生命と生活を直撃してしまう。実行されると困りまする。鉄道警察のヒトも頑張っておるが防ぎきれず悩んでおりまする」

「同じヒトでありながら、ヒトにわざと危害を加える死刑希望者も出てきました。駅員たちは不審者により注意深くあらねばなりませぬ」

 妾はじめ鉄道の付喪神としてヒトの頭上のはるか上空を解して頷きあう。そして妾の末端のそれぞれにある神社仏閣にヒトに幸あれと願いをかける。くどいようだが、我らは鉄道の付喪神といえるものでヒトに対しては見守りぐらいしかできぬ。我ら現在顔をあわせているのは、難波なのでその界隈に見舞わせる今宮戎、法善寺その他に願いをかける。近鉄さんならば奈良の春日大社や東大寺、反対側には京都にある無数の神社仏閣がある。国鉄さんならばもっと広範囲だ。

 それらヒトの世界の寺院仏閣の周りにはいつでもヒトの願いがかかっている。ヒトには見えぬいくつもの光の輪が願い事をくるんでいく。妾たちは我が国に点在する燦然と時にはひっそりとヒトやその他の動物たちの守りをする神仏に向かい、平和であれと祈る。

 近鉄さんがふいに明るい声を出した。

「南海さま、九時を過ぎまして今度は車内が空いてきましたね。今日は秋晴れで幼稚園や小学校の遠足が多いようですよ。ほら、あちこちで歓声が聞こえます」

 妾もほっとして下を見おろす。小さなホームに小さなヒトの集団が行儀よく並んで電車が来るのを待っていた。じっと目をこらすと小さきヒトの笑顔が連なっていて妾も良い気分だ。

「もう秋の遠足のシーズンですか。小さきヒトならお友達と一緒に電車を見るだけでもよい思い出になりますよ。うれしいですね」

「彼らの浮かれた気分が感じられます。ヒトの子どもはどの子もかわいらしい」

「一回分の食物と水を持って、同じ服をきて同じ帽子をかぶって手をつないで」

「山の神もにぎやかになって嬉しいでしょう。この平和が続くといいですね」

「いいですね。では今日もお元気で」

「ごきげんよう、南海さま、国鉄さま」

「ではまたな、南海の、近鉄の」

 妾も答える。

「さようなら、国鉄さま、近鉄さま」


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5.

 妾は時々大阪府道の付喪神にも声をかける。同じ陸路の友として太古から我らは移動するヒトを眺めてきた。国道も妾と同じく全国につながっているが、妾が声をかけるのは一番手近な難波高島屋の前あたりの交差点だ。ひょいと意識を線路の外の道路に向けて適当に声をかける。

「こんにちは。快晴ですね。でも昼前だというのに交通渋滞がひどくて大変ね」

 ほどなく御堂筋のあたりから返事が聞こえてきた。ガソリンの排気ガスに塗れてかすれた声、そして早口だ。

「ああ、南海さんか。西の方見てや。中国道と近畿自動車道の交差点で事故があってん。結構大きいヤツで高速道に規制かかっとる。今日はその余波で昼前やいうのに大渋滞。しかも五十日ごとび やろ? 営業車や納品車でぎゅぎゅうや」

「見守るだけでも大変ねえ」

「こういう時は鉄道やわな。ヒトのいう満員電車、ラッシュちゅうもんはあっても、電車自体が詰まってしまう渋滞っちゅうもんはねえからな」

「確かに。道が混んでいたら、電車の方が便利でしょう。ヒトは時間を大事にするから自家用車やバスをやめて鉄道を利用するでしょう」

「しかも自動車事故は一度やるとヒトの命のダメージが大きい。鉄道は確率的にゃそんなにはないな。鉄道事故があると多数の死傷者がでるが」

「それで思い出したけど、さっきもよその鉄道さんたちとテロの話をしていたの」

「ま、案じててもしゃあない。なるようにしかならへん。我々が案じてもヒトは我々の思惑もよう感知せえへんからテロも勝手にやっとれってことかな」

「我らって一体なんだろうね。妾はいっそヒトになってヒトの一生を喜怒哀楽で感じてみたいと思うこともある」

「はっは、南海さんはそういうところが少女趣味っちゅうねん。こういうときはな、海でも見たらどうやな。ああ、南海さんは海が見えんか」

「まあ失礼な。見ようと思えばいつでもちゃんと見えますよ。空港線に思考をめぐらすと現実の海と飛行機がばっちりと」

「そうやな、関空も南海の縄張りがあったな。当たり前すぎて忘れてたわ」

「ふふ、じゃあ関空の方へ行きましょうか」

 妾は自動車道とついでに国鉄さんも再度誘って平行になっている空港線の陸橋に思考をめぐらす。妾たちはそれだけで視界も瞬時に切り替えることができるのだ。急に空が明るくなり、飛行機雲が目に飛び込んできた。

 同時に国鉄さんが声を出した。

「ああ、飛行機はええなあ。ばんばん飛びよる」

 府道さんと国鉄さんは、空路を司っている関西空港担当の関空さんに呼びかける。

「おるぁ、関空の。忙しいやろうけど、出てこいや」

 上空はるか遠くから細くて伸びた甲高い声が聞こえてきた。

「大阪府道と国鉄野郎と南海さんかぁー、なぁんやぁー」

 府道やいち早く答える。

「ちょいと話かけただけやがな。たまにはこっちでもゆっくり話でもせえへんか」

 関空が府道に負けずに早口で返答した。

「せやけど、我らの道はすべてが陸と空を文字通り飛び跳ねて動いてんねんで。今日も飛行機ぎょうさん跳んで休む間もあらへんがな。行楽日和? いやあ、そんなことないで。幼稚園の遠足とは違って機内ごとにヒトはヒトごとに重そうな荷物を担いで中でちんまり座ってら。ま、秋空はきれいやけど、いつものことや」

「それを言うたら自動車道も同じやで。しかも電車や飛行機と違って車ごとに数人、バスで多くとも三十人前後か。目的地までちんまり座るのは一緒やがな」

「自動車や電車と一緒にすんなや。こっちゃ空を利用して飛び跳ねてるってさっき言うたばかりやがな。第一距離が違うやろが、大きな海を超えて空を飛んでいくんやでこっちは」

「関空の。ヒトの移動場所を見守るちゅうのは形はどうあれ一緒やさかい、我らが話かけてたまには息抜きしようやって言うたってんねや。なんでお前はそないにいちゃもんつけんねん。ケンカ売ってんのか」

「売ってへんがな。忙しいっちゅうねん。それだけやがな。わしがちょっと気ィ抜いて飛行機落ちたら終いやで。テロ起こされたらかなわん。俺は飛行神社の神様と一緒になって見守ってんのや。この国にヘンなもの持ち込まれても壊されてもかなわんさかい。ヒトの平和を鎮護すべく俺かて一生懸命やがな」

 まるで早口競争のようになってしまい、国鉄さんが会話に割って入ってきた。

「もうええわ。しっかりきばって守ったりィ」

 妾は話し声だけ聞いているとどうも府道さんも関空さんもがさつなイメージがあるが違うだろうか。そしてどちらも真面目一途。スマートさはなくただ真面目。府道さんを差し置いて再度国鉄さんが言った。

「関空の。今朝がた、南海さんが同じく難波の名称を持つ鉄道らを呼んでおしゃべりしとってな。その後南海さんがわしを呼んでくれたんや。さて、海は凪いでるな。空の方は平和みたいやな」

 関空さんの声がより甲高くなった。

「わしがなんも言わんでも、おまはんらはヒトからの情報で事故のあるなしわかるやないか。わざわざこっちに聞かんでもええやないかぁー」

 妾はあわてて上空に向かって言った。

「いえ、忙しいのにごめんなさいね。今日はかなり上の方にいるのだったら、もういいのよ。テロの話がでたので話題にしただけなの。気にしないでね」

「おう、南海さん。鉄道仲間では一番優しいものいいをするなぁ。おかげでわしも気分が落ち着くぞ」

「おおきに」

 そこへ滑走路の方からテノールの声がした。私どもから見たらごく小さなところでしか活躍しないので顔をあげられないのだ。声だけがする。

「ふふう。鉄道と国道が一緒にこっちに意識を向けてきたか。テロの話が聞こえたがヒトの方も警備を厳重にしだしたから大事にはいたらんだろ。お互いなければヒトは困る存在じゃが、見守ろうなあ。わしらの存在意義はそれだけだから」

 すると上空から再び声がした。関空さんだ。

「南海さん、今日も大勢の観光客とビジネス客がいる。皆この国に入国するのがうれしそうだ。鉄道利用者は南海さんと国鉄さんと二分し、車道利用者はバスやタクシーのレーンに行く。駐車場に向かうものもいるしヒトの流れは川の流れと同じく流動的だ。違うのは全員方向がばらばらじゃ。海に行くわけではなし、バラエティ豊かなものじゃのう。観光に来てはずむヒトの心を感知するとわしもうれしくなるものじゃ」

「そのうれしい気持ちがずっと続くといいね。とにかく毎日どこかで事件がおきているから」

 すると海の方から平たい声がした。

「皆の衆、ご機嫌かの? 今日は良い天気で水路は問題なし也き」

 海路の君だ。

「こんにちは。妾は南海よ」

「ほ、南海さんか。元気かぁ」

「大阪府道さんと国鉄さん、関空さんとついでに滑走路もいるよ」

「ほ、こらまためずらしい」

「海路の君こそ、めずらしい」

「台風のシーズンが落ち着いたんで、ゆっくりしてるとこやねん」

「のんびりするのもいいなあ。ヒトならばいつか豪華客船に乗りたいというところやな」

「はは、船はそういうイメージか。結構海外からの出入りも海路じゃ多いんで気が抜けんぞ」

「ま、ヒトの世界にゃいろいろあるがのう、期間限定の短い人生でどうせなら平和に生きていけばええのう」

 我らは皆戦時中の時代に想いを馳せた。あの時は鉄は全部戦争のために使われたので鉄道も車も船も不足した。現在の隆盛を見ればよくぞここまで蘇り逆に繁栄の道をいくヒトの団結力は誇るべきものだ。我らも見守りがいがあるといえよう。


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6、

 時々思う。ヒトはどこまで繁栄していくのかと。陸路としての鉄道や自動車道、空路、海路……どこまでヒトは行くのか。宇宙までか。宇宙ステーションを作って空路から大気圏を超えてこの地球よりも遠い星の世界まで行くか。その時もなお、妾のいる鉄道はまだヒトに活用されているだろうか。

 妾は昔に大いに活躍していた馬車が牛車、人力車を思う。あちこちで見かけていたが、あっというまに鉄でできたものに駆逐されていった。道祖神は今いずこ。

 妾もそれを思えばどうなるかわからぬ。妾は目を凝らしてヒトの行動を見守る。秋の日暮れは夏と違ってあっというまに終わる。ほらもう一番星が輝いている。

 ヒトは朝のラッシュ時と違って歩くときもゆっくりめだ。着飾って難波駅に向かうのも多い。妾は朝方見かけた小さなヒトたちの遠足が終わりつつあるのを感じた。軽くなったリュックを背負い、手をつなぎあっている。もう眠たそうにしている。山や高原で思い切り自然の恵みを感じたことができたろう。家に戻ってゆっくりお休みと妾は話しかける。

 成人したヒトで恋人同志はすぐにわかる。親子もわかる。親友もわかる。

 妾はそれがわかるだけで満足だ。さらなるヒトの繁栄を望むのみ。

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ありがとうございます。