見出し画像

デジタルバレンタイン (ショートショート)

今年もきた。この日が切り替わる瞬間、僕の脳裏に数十年前の思い出が蘇る。

詰襟姿の僕の胸元に桃色の小箱を押し付け足早に去ろうとした同級生‥‥校庭や体育館から部活の連中の掛け声が聞こえる中、夕暮れの校庭の隅で見た妻になる少女の姿。

待って! 実は僕も君が……

妻の目が最大限に大きく開き涙があふれ……


記憶の再現はここまでだ。壊れかけた家庭を形づける唯一の記憶。
僕は妻の眠る部屋に行く。医療機器によって妻はかろうじて生きている。

次は1ヶ月後に妻の脳裏にホワイトデーで僕がお返しのお菓子を渡した時の思い出が再現されるはず。その時だけ妻は目を閉じたままではあるが微笑んでくれる。

僕たちはそれぞれの医療費がかさむため、デジタルタトゥーならぬデジタルメモリーのバレンタイン10秒バージョンしか依頼できなかった。その代わり一生このサービスが受けられる。次の記憶の再現は一年後だ。僕は今日だけは不自由な身体を動かして眠り続ける妻の頬にキスをする。

ありがとうございます。