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#0198【改革者の末路と改革の栄光(商鞅②、中国)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。
今週は中国の史記から壮絶人生を紹介していますが、商鞅という人物の続きです。

(前回:No.197【才知を活かす若者(商鞅①、中国)】)

新天地の秦に辿り着いた商鞅は、秦の王様のお気に入りの側近に近づきます。

彼の執り成しで王様への面会の機会を得ますが、その際に商鞅は、側近に三度の機会を設けて欲しいと依頼します。

側近は、商鞅に対して、あなたが優れた知恵者であれば一回で済むのではないかと訝しみますが、商鞅がそれなりの謝礼を提示したことからこの条件を受け入れます。

商鞅と秦の王様の第一回の面会、第二回の面会は非常に形式的で盛り上がりに欠ける内容となりました。

仲介した側近はヒヤヒヤ気分です。王様から「こんなヤツと会う時間を何で捻出せねばならぬのか」と叱責されかねません。しかし、約束は三回です。まだ残り一回がある。

そんな中での三回目の商鞅と秦王の面会が始まりました。

前の二回とは違って、話はおおいに盛り上がり、秦王は全面的に商鞅を信頼し、その言葉に耳を傾けます。そして、秦王は商鞅の方針に則って国を運営することを決めるのでした。

あまりの急展開に仲介者の側近も慌てます。「商鞅さん、いったいどんなマジックを使ったのですか」と。

商鞅は、涼しげに答えます。

「二回の面会で秦王さまの理念や人となりについて理解できました。今回はそれに合わせて具体的な提言をさせてもらったにすぎません。」

商鞅は、情報収集のために二回の面会を使い、それらを分析した上で秦王が気に入る方法で国を強くする具体策を提示したのです。

どんなに有効な手段であっても用いられなければ始まりません。商鞅自身、魏では宰相の後押しがあっても用いられなかったのですから。

トップが目指すものは何か、それに合わせて自分の知識・知恵の中で何を提示すべきか。これを実施することが一人よがりではなく、世に認められていくために必要な普遍的なことではないでしょうか。

商鞅は国を強くするために法令によって国を統治していきます。違反者はたとえ王様の後継者であっても、有力貴族であっても構わず罰していきます。

その一方で頑張ったものには豊かな生活と名誉を与える信賞必罰を徹底した結果、秦の国力・威勢は非常に強まりました。

こういった功績から商鞅は、宰相の地位にものぼり、領地までもらいました。

しかし、彼の改革は反対者を産み、彼を怨むものもいました。商鞅を登用した王様が生きているうちはその後ろ盾もあり、なんの問題もありませんでした。

しかし、その王様がなくなると商鞅へのバッシングが始まります。新しく王様となった人物も商鞅の改革の初期に自分の部下が罰せられたこともあり、商鞅自身に対して良い感情を抱いていませんでした。

商鞅は、身の危険を感じて国外逃亡を図りますが、皮肉なことに商鞅の定めた法令によって関所や宿舎が不審人物を拒否する態勢が確固たるものとなっており、商鞅は捕縛されます。

商鞅は、彼の定めた法令によって反逆者と認定され、彼の定めた反逆者の刑罰である車裂きの刑によって、四肢を分断されて処刑されてしまいました。

商鞅は最期を悲惨な形で終えましたが、彼の方針・法令は彼の死後も秦に生き続け、後に始皇帝による中華統一へと繋がっていくのです。

以上、今週の歴史小話でした!

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発行人:李東潤(りとんゆん)
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