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熊本訪問記 かくして私は盆の下部構造に触れる。

昨年(2022年4月)の全国小劇場ネットワークによるシアターホームステイという企画で沖縄は那覇・銘苅ベースに滞在していた折、週末にINDEPENDENTという一人芝居のショーケースが開催されており、その上演を拝見する機会がありました。

沖縄県の劇作家、俳優の方々による作品がずらりと並ぶ中、そこに唯一の県外勢として参加されていたのが熊本県を本拠とする不思議少年の劇作家・大迫旭洋(おおさこてるひろ)さんで、北九州の飛ぶ劇場の俳優、葉山太司さんと『そのころ』という作品を上演されていました。

『そのころ』は戯曲デジタルアーカイブというサイトにて誰でも読むことができます。一読したらそれとわかる、それはもうかっこいい戯曲です。)

さらにその前日譚として、不思議少年の看板俳優のピッピさん(こと森岡光さん)、という方がいて、こちらのピッピさんと私は山奥で修行していたときにバッタリ出会していたりもしたのでした。

私とほぼ同い年くらいのそのピッピさんはしかし、すこし話を聞くだにかなりユニークな経歴の持ち主で、様々な舞台の現場で活躍し全国を飛び回りながら名だたる劇作家、演出家の方々と現場を共にして活躍されている、ひとことで言えば「ただ者ではない」感じを漂わせている俳優の方でした。

そんなピッピさんの所属する劇団の作家さんと那覇の銘苅ベースで出会うという旅先での偶然にもワクワクし、銘苅ベースでは夜遅くまで話し、翌朝には近くのコンビニに出かけてぜんざいを食べたりしつつ、出発の時まで演劇のことについてさまざま話したりしたのでした。

沖縄ならではの2000円札と大迫さん。
ぜんざいと大迫さん
寝起きでぜんざいを頬張る葉山さん。飛ぶ劇場で活躍されるとても素敵な俳優さんです。

熊本行き

先日ふとしたことから熊本へと訪ねる用事ができ、「もしかしたら…」と連絡を差し上げたところ、幸いにも滞在中のある一日、大迫さんに熊本案内をしてもらう機会を頂くことができたのでした。

空港近くの小高い丘から。
阿蘇の山並み。
熊本といえば太平燕(タイピーエン)。

白川水源

熊本に到着し、はじめに向かった白川水源。阿蘇の麓からこんこんと湧き出るこの豊かな水が、この旅で熊本で出会う素敵なものたちの源なのだと肝に銘じました(?)。

圧倒的に豊かな水の量。熊本の素敵なものの源。


山鹿・八千代座

宿場町の面影をのこす山鹿の街並みを歩いていると、尋常ならざる形の建物の影が現れてきました。

街の中に現れる八千代座。

まず驚いたのはそのサイズ。街のどんな建物よりも大きく、そしてなんかモリモリとしています。

(モリモリしているのは歴代の増築の名残のようでした。)

こちらの八千代座、江戸時代にできた本物の芝居小屋の中を、自由にたくさん見て回ることができます。

舞台からの眺め。
舞台に立つとこのようなルック。間口もタッパも広い、高い!
しっかり観光客の筆者。

私がこの世で最も愛する舞台装置はなにを隠そう「盆(=廻り舞台)」ですが、なんとその盆の下部構造、実際に人力で回す部分も、奈落に降りてほんものに触ることができたりします。

盆の中心部分。心臓。
奈落で盆そのものに触って興奮する筆者。

盆のレール部分はドイツのクルップ社製とのこと。

このレールがスムースな盆の回転を生み出す!

盆に心を惹かれはじめて10年以上が経ちますが、100年ものの廻り舞台の材に触れてみると、その感動もひとしおです。

芸術座の松井須磨子さん(!)や坂東玉三郎丈など、数多くの歴史に残る名優たちが実際にこの舞台に立ってきたといいます。真にそれだけの時間と人々の積み重ねを感じさせる舞台です。

青の天井と赤の提灯のコントラストがきれい。
客席は升席で、ゆるやかな傾斜がついています。
文明開化を思わせるシャンデリアが中央に。

冬の午後のあたたかな日差しの中で目の当たりにする八千代座は息を呑むような美しさでした。

客席上空を埋める装飾のシャンデリアや広告、客席や舞台に使われている資材の艶やかさ、花道・スッポン・廻り舞台を備えた「役者のやりたいことはなんでも叶える」と言わんばかりの万全の舞台機構の数々。

いわゆる現代の劇場の舞台機構も規模の大小を問わずそれぞれに素晴らしいものですが、日本のお芝居の伝統にはこうした”芝居小屋”があり、歴代の芝居人たちの叡智を結集したこの場所で観客を熱狂させ、魅了してきたのだという時間と、芝居に関わる人たちの息遣いの重なりを感じました。

地域の幼稚園や小学校の子たちはこの八千代座でお芝居の発表会をすることもあるとのことで、そうした機会には子どもたちが実際にこの八千代座の舞台に立って稽古をされるとのことでした。すごく贅沢!

山鹿灯篭

同じく山鹿の伝統的な工芸品である灯籠は紙細工でできています。ピカピカしているので金属に見えますが、巧みの技によって木なども一切使わず、純粋に紙と糊だけで出来上がっており、見た目に反してとても軽くて驚きました。

頭に載せても大丈夫。真ん中にはくまモンが。

毎年お盆にはこの灯籠を頭に載せた女性たちが1000人で踊る(!)山鹿灯籠祭りが行われるそうです。

山鹿灯籠祭りの踊りの構えで。

人生でいちばん美味いサラダを出すお店

昼食に連れて行っていただいたセカラサリさん。
https://tabelog.com/kumamoto/A4303/A430301/43010245/

地球を食べているみたいなサラダ

こちらは本当にぜひ足を運んで食べてみてほしいです。ただのサラダと油断するなかれ、私は冗談抜きで驚嘆しひっくり返りそうになりました。人生でいちばん美味しいサラダと言っても過言ではないほどに、それはもうすごいサラダでした。

サラダに使われている野菜の半分は、店主のご夫妻が家庭菜園で栽培されたものなのだそう(!)。(もちろんメインのオムライスもポークソテーもめちゃくちゃ美味しかったです。)

同じく山鹿の近所にあるさくら湯。

こちらのさくら湯さんは湯量が豊富で天井が高い、堂々たる温泉でした。銭湯なのですがなんと150円で入れます!泉質もすべすべでまるで化粧水のよう。化粧水掛け流しといっても過言ではありません。

さくら湯の全体模型。こちらもなんと山鹿灯籠の和紙の技術で作られています。

山鹿は近くにさまざまな泉質の温泉がたくさん湧いているので、地域の方々はそれぞれに贔屓の温泉やお風呂屋さんがあるのだそうでした。

早川倉庫

その後熊本市内へと戻り、連れて行っていただいたのが早川倉庫さん。
岡田利規・チェルフィッチュ、マームとジプシーという日本の現代演劇を代表するカンパニーがここで公演をしたことがある、ということだけでも、この早川倉庫の熊本での存在感の一端を垣間見ることができるように思います。

暮れなずむ早川倉庫さん、正面。

もちろん演劇に限らず、音楽のライブやダンスのパフォーマンスも行われることがあるそうです。

演劇の公演をする際にはステージを組んで利用されるのだそう。奥の白いフレームは飲食品提供時のテント代わりになるそう。

(岡田利規さんにこの早川倉庫を紹介したのは坂口恭平さんだったそう。炸裂する熊本の文化。)

webには早川倉庫を紹介されているこうした詳細な記事もありますので、もしよかったらぜひ一読されてみてください。
https://colocal.jp/topics/lifestyle/renovation/20160803_78186.html

熊本城払い下げの資材を使っているかもしれないともいわれるこの建物は、もはやそれ自体が重厚な舞台美術そのもののような佇まいでした。

圧倒的な雰囲気…!イベント時には出演者の方の楽屋として使用されるそう。

そこに置かれているさまざまな物がそれ自体で意味を為しているような非日常、かつ劇的でユニークな空間。

元々お酒の醸造所だったという熊本の歴史が脈々と流れるこの場所で、不思議少年さんはこれまで演劇の創作を重ねられてきたとのこと。

早川倉庫では演劇以外にも音楽や飲食など日々さまざまなイベントが催され、地域の人たちが集まり、交流できるような広場のような場所でした(本当に広い空間でした)。

もとは岡崎酒類醸造場という、お酒の醸造場だったのだそう。

二階部分をコワーキングスペースとするべく、私が訪問させていただいたこの日もさらなるリノベーションを施し、早川さんご自身で梁を自ら作成されていたりしました。二階への階段の位置もDIYで動かしたりされるのだそう。

リノベーション中の二階部分。

こうした場所・空間の活用に関して、実は法律的にも難しいところが多いらしく、早川さんもよりよくこの空間を生かすべく行政と具体的な折衝を重ねながらさまざまに試行錯誤されているというお話が印象的でした。

「こういう場所を持っていると、奇特な人たちがいろいろくれる。。」とのことで、二階に並べられたこれらの椅子の数々は市内の結婚式場から寄贈された物だそうでした。

たくさんの椅子、椅子、椅子!イヨネスコー!

本当にそれだけで舞台や映画のセットになりそうな空間です。

ご自身でもギターを演奏され、森岡さんことピッピさんも「油断をしたら惚れてしまう」と評されていた早川さん。音楽のみならず、映像作品にも出演されるなど、星野源さん的な活躍をされているとのことでした。

早川倉庫の早川祐三さん。制作途中の梁と共に。

そんな熊本の文化シーンで重要な役割を果たしておられる早川倉庫さんでは、これからもより魅力的な空間へとリノベーションを施すべく、現在クラウドファンディングも実施されています。こちらもぜひご覧ください。
https://www.glocal-cf.com/project/hayakawasoko

劇場、とは なにもない空間/歴史や時間が織り重ねられた空間

この日大迫さんに連れて行っていただいた山鹿の八千代座、そして早川倉庫ともに、まさに「唯一無二」というべき空間でした。

江戸時代、明治時代から時間と空間がつながっていて、空間そのものに年輪が刻まれている様な佇まいはただそこに立ち入るだけで心が躍り、ワクワクしてしまいます。

もっというとなにをか表現を志す者として、空間そのものから何か律されるような、あるいは促されるような感覚がありました。

自分自身は平素東京におり、東京にあるさまざまな劇場建築(現代演劇寄りのもの)に人並み以上に足を運んでいる方ではありますがしかし、八千代座や早川倉庫のような100年以上の歴史や伝統を感じさせる建物というのは少ないものだとあらためて感じました。

(東京では戦争で焼けてしまったものも多いので仕方ないことではあるのでしょうが…。強いていうなら雰囲気としては大衆演劇の木馬館や、あるいは篠原演芸場なども近いような気もしますが、もっとふさわしい例えもあるような気もします…!神奈川県庁で演劇の上演をさせていただいた時にも似た佇まいを感じました。)

東京で現代演劇のことを考えているとどうしても「なにもない空間病」というか、無機質なブラックボックスやホワイトボックスのようないわゆる小劇場の空間で演劇のことを考えることが多くなりますが、八千代座や早川倉庫という空間に立ち入ってみると、その場所や空間自体がもつ力、時間の積み重ねからくる垂直な力のようなものを強く感じました。

たとえば八千代座で、九州の演劇に関わる人たちを集めた現代版の”大芝居”が上演される。あるいは早川倉庫で、現代演劇の粋のようなチェーホフが上演される。しかもそれらが、熊本という土地の文化と歴史の文脈の中にきれいに織り込まれていく。

訪れたそれぞれの場所の魅力にあてられて、うっとりとそんなことを妄想しながら、今回の訪問を終えました。

突然の訪問にもかかわらず、丁寧に案内してくださった大迫さん、それぞれの場所について説明してくださった八千代座の担当者の方、早川倉庫のみなさんにも、重ねて御礼を申し上げます。


八千代座の舞台上空の広告、写真で左から3番目の「川津本店」というのが、実は早川倉庫さんの前身なのだそう。つながる文化、場所と場所!


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