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Passion PitのTremendous Sea of Loveが傑作だと思う理由

AOTYでこの作品のレーティングを確認してみると、ユーザ評価は「69」と並以下の点数だ。
まあ世間の評価から見て総合的な点数で言えばこんなもんかと思う一方で、個人的にこの作品は傑作「Gossamer」に並ぶ作品だと思う。

思えば前作「Kindred」はPassion Pitの作品では異端なほうであった。
Passion Pitのブレインことマイケルアンジェラコス(今ではもう一人しかいないが)は、作品に対してめちゃくちゃ自己投影する人である。
自分のために音楽を作っているかのような人間だ。
1stの「Manners」、2nd「Gossamer」では、自己の鬱を曖昧な歌詞表現の中に吐き出し、躁鬱の障害で迷惑をかけた恋人に謝罪するための作品を作っていた。

状況は「kindred」で変わった。この時期にはマイケルは結婚していた。彼の音楽に対するインスピレーションは完全に変わっていた。彼の捧げる音楽は「恋人」から「妻」に変わっていた。
曲自体もイメージがガラリと変わっていたように思う。1stや2ndにあった明るいポップの陰に隠されたマイケルの闇こそがPassion Pitたらしめるものだった。マイケルが自分自身を作品にものすごく投影する人間だからだった。
しかし、この作品においては、そのような辛い過去を乗り越え、闇が消えかかった明るいポップがここにあった。彼は新たな環境の中で自分を見つけようとしたのだと思う。なぜなら何度も言うが彼は作品に自己投影をする人間だから。

話は先に進む。正確に言うと「Kindred」を出したその年の数か月後にマイケルは妻と離婚していた。自身がゲイとカミングアウトしたからだ。
マイケルはまた自らの精神世界に入り込み葛藤したというわけだ。

「彼女を本当に愛していたから、どうしてもストレートになりたかったんだ」(https://rockinon.com/blog/nakamura/133790)より抜粋

妻へのラブレターに書いた「Kindred」でももしかしたら彼は苦しみから逃れる為の現実逃避だったのかもしれない。

 それから2年、一度は活動休止の噂が立てられたものの、実際には活動し曲を書き上げた。
そしてその作品の売り上げを全額、医療団体に支援すると明かした。
その作品こそ、今回レビューする「Tremendous Sea of Love」だ。

「愛の遥かなる大きな海」と名付けられたタイトルで分かるように、マイケルは自身の音楽に愛のメッセージを加える事を忘れない。
躁鬱や自殺未遂したマイケルであるが、世間の恨み辛みをテーマにする事はなく、やはり今回も彼は愛について語ったのである。
リスナーが幾らマイケルの闇に気づこうが、彼はそこに自らの作家性に価値を置くわけではない。
マイケルアンジェラコスはいつだって苦悩と闘いながら愛について歌うアーティストなのだ。

最初の曲はインスト、月光という意味のある「Moonbeam」の先に向かった2曲目は「Somewhere up there」、優しさも含めながらスピード感のあるヴォーカルに圧倒されながら次々と曲展開が変わっていき、まるで夢の中にいるよう。

そして次の曲、「Hey K」は元恋人に充てられた歌である。よく今作では「深化した」と言われているが、この曲を聴けばわかる。アルバム全体の電子アンビエントの深い世界だけでなく、ヴォーカル表現にも磨きがかかっており、これまでヴォーカルの高音はやや甲高い印象であったが、今作ではその歌唱にマイルドさが加わっており、高音も無理なく聴ける。間違いなく歌唱の面では今作が一番であろう。

そして「to the other side」でも確認できるように、地声に近い低音の域でもヴォーカル表現の幅を深化させており、この曲のキーの高いピアノの音と対照に低い声で歌うマイケルの歌唱の組み合わせが、この曲に込めた彼のやさしさを最大限に表現していると思う。

Gossamerの「Hideaway」でも以前思ったように、彼はインストの曲にも気持ちを込めているなと思った。言葉に出てこない表現を代わりに音で表現していた。そして今作でも同じことを思った。タイトル曲のインスト、「tremendous sea of love」のことである。歌詞には表現できないほど、加工されてわからないヴォーカルの声はまるで、彼の脳内に出てくる、言葉の前に出てくる感情がうごめいているかのようなものが、音で表現されているように思えてしまう。

そして次の曲「I'm perfect」では、そのうごめいた挙動が一気に鎮静させたかのように思えるほど、冷静にポップソングを歌っているのが面白い。

意外にも思えるが今作で、歌詞が存在しないインスト曲が出てきたのが初めてらしい。
そのインスト曲「Inner dialogue」を終えてまた先ほどと同じように今作屈指のポップソング「the undertow」が出てくるとなると、インスト曲→ポップソングという曲順にも、ほんとに何か意味があるのではないかと考えてしまう。

比較的に音の隙間隙間を埋めて世界観の濃い空間表現する傾向にあるPassion Pitであるが、今作においては一つ一つの楽器から出てくる音にこだわり純度の高いもののようにしているように思える。
まるで人間の手が及ぶことのない平和な深海の世界のようで美しいファンタジーのよう。

Passion Pitは今までキラキラしたポップに病的な歌詞が評判であったが、今作ではその点で楽しめている人にとっては肩透かしを食らうことになると思う、だから世間の評価もイマイチな感じなのだが、
私は、今作でマイケルアンジェラコスが独自の音楽表現を見つけ、そして深化した音楽性を手にしたことに感銘を受けたので、今作は「Gossamer」に並ぶ傑作だと思う。

#Passionpit #music #レビュー


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