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黒シルク南米柄プリント旗袍(1940年代)

 はっと気づけばかれこれ30年以上、中国服をほそぼそと集めている。

 中国が多少豊かになって懐古ブームが始まり、いわゆる「解放前」(中華人民共和国成立前の、主に1912年から49年の民国期を指す)のものがコレクターズアイテムになったのは、私が北京に住んでいた1990年代前半だった。上海留学中の80年代後半は、中国自体がまだ割と等しく貧しくて、中国人は自分たちの国に昔からある古臭いものよりも、西側諸国から来るピカピカの先進的なものにばかり目がいく時代だったから、その中でも一番時代が近くて、しかも国民党に牛耳られたブルジョワ趣味の時代のものをもてはやすことなど、彼らにとってはほとんどタブーに近いことだったように思う。

 90年代に入って人々の生活に少しだけゆとりが出ると、骨董市場が街のあちこちにでき始めた。「解放前」のものに注目が集まったのは、ちょうど日本の大正ロマン的な立ち位置だったからなのだと思う。とはいえ、当時の解放前の主なコレクターズアイテムは、食器や生活用品、広告ポスターなどの紙ものが主流で、服をコレクションする人はほとんどいなかったのではないだろうか。そもそも民国以降の服飾を研究する学者もいなかったし、骨董屋は清朝と民国の服装の違いすら知らなかった。1930年代の旗袍を「清朝モノだ」と言い張り値段を吊り上げる骨董屋には散々困らされたが、逆に競争相手もほとんどいなかったから、無闇に値を吊り上げる土豪(成金)コレクターに悩まされることもなかった。振り返ってみると、つくづくいい時代だった。

 96年に帰国してからは、1年に1度ほど上海に行くのがせいぜいだったから、コレクションにそう熱心だったわけでもなかった。競争相手もほとんどいないし、縁があればいいものが回ってくるさとのんびり構えていた。懐古ブームに引きずられるように、解放前の服の相場も少しずじりじりと上がってはいたけれど、まあそんなものよね、くらいなもんだった。

 多分3年くらい前だったと思う。解放前の中国服のコレクターがにわかに増え始めたと思ったら、あっという間に膨れ上がり、コレクションの中心だった1910-30年代の服がたちまち払底した。
 もちろん今でもブツが出ないわけではない。ただ、恐ろしく値段が上がったのと、選び放題の時代と比べると、いいなあ、ほしいなあと思わせるものが本当に出なくなったのだ。今市場に出てくるのは、デザインがシンプルな1940年代のものか、それよりもっとあとの、香港から買い付けてきたらしい50〜60年代のものが主流だ。

 40年代以降の中国服は値段的にはまだ買いやすい。だからここ数年は40年代以降の旗袍にフォーカスして、シンプルな中に面白さを見つける作業に没頭している。特に「解放後」(中華人民共和国成立後)の50年代の旗袍は、政治的な事情で旗袍が次第に衰退していく中、ダーツがつき、身頃と袖が別裁断になりと、今の「チャイナドレス」の形がつくられていく過渡期なので、時々とても興味深い仕立てのものに巡り合うことができる。
 ただ、30年代以前のものに比べるとデザインがシンプルなだけに、本当に「ほしい」と思える個性的なものにはなかなか出会えない。そんな中、久しぶりに心踊って衝動買いしたのが、この1940年代の旗袍だ。

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所変われば品変わる。ここ数年、旗袍の地方差に注目しているので、サポートはブツの購入や資料収集にあてたいなと思っています。