教えたくない穴場カフェ《広島が舞台のエッセイ》
カチッカチッカチッ…振り子時計の音って今の子達は聴いたことあるんだろうか。
窓は結露して、外の信号の水色をぼんやり映している。窓際の丸い木のテーブルは落ち着いた茶色、小さいランプが乗っていて、足元には本棚がある。コーヒーはまだ来てない。
気になる本をとって読む。…この本は甘すぎる。戻す。
詩集に手を伸ばす。「緑濃い峠の」って詩が好きになる。
この作家さんはちょっと生きづらそうだな、とか勝手なことを思いながら。
コーヒーが運ばれる。マシュマロ追加は+30円。
ふにゃっとなったマシュマロが揺れる。
はぁ〜ほんとうに好き。このカフェはぜったい教えられない。雨の日には雨の歌が、有名な海外の歌手の命日にはその歌がかかる、このカフェだけは。
音楽だけじゃない。夜に飲むコーヒーとラム酒漬けの杏子入のチーズケーキ、と、本、静けさ、暗さ、振り子時計の音。とにかく私には完璧すぎる空間なのだ。
パンプスで冷えた足がちょっとずつ暖かくなって、いろいろ忘れる。昼間の電話の音、古すぎるPCのエラーで消えたデータ、一向に来ない連絡、それから…ほんとにいろいろ。
テーブルに伏せていたスマホが震える。Instagramの通知。暫くいじる。
今日流れてるこの曲は紹介されてるのかな、と思って店名で検索する。このカフェはInstagramもやっている。アン・バートンのアルバム。ほぅほぅ。別の日はQueenだったりユーミンだったりする。
「教えたくない穴場カフェ」の投稿が目に入る。
♡する。今いるこのカフェだけは、誰にも教えないで欲しいななんて思いながら。
お店をでると信号はチカチカずっと点滅している。
息が白い。田舎だから信号の定時も早い。この辺で空いているのはドン・キホーテ、コンビニ、24時間営業のスーパー、このカフェ、くらい。
中古の軽のドアをバタンと閉めて、冷たいハンドルを握る。このまま大人しく帰るか、夜の海沿いをお気に入りの音楽をかけてドライブするかー…。
後日「教えたくない穴場カフェ」にあのカフェが乗っていて、店主も♡している。
店主はどんなお店に憧れてカフェをOPENしたんだろう。「ひっそり営業している静かなカフェ」か「人が集ってあたたかい空間」か。
人が増えると店主の美味しいお菓子の試作メニューも増えたりするだろうか、とにんまりする。
だけどやっぱりあのカフェは、今の状態がベストなんだ、と意地になる。1人でポツンと入る人が、数人居るのがちょうどいいカフェなんだ。
やっぱり私は秘密にしておこう。
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