夏蜜柑とご近所

 我が古屋の庭には果樹が何本か植えられているので、若葉が青葉になる頃には、大して広くもない庭が森になってしまう。

 昨年の今頃、新潟から引っ越してきた時には、キウイフルーツの枝先が電線に絡まりそうになっていたので、急遽、植木屋さんのお世話になった。隣に住んでいる夫の甥が、脚立で届く範囲の枝はこまめに切ってくれていたが、とても素人の手に負えないほど高く成長していたのが、ビワとヤマモモだ。

 ヤマモモは、この頃ではあちこちの街路樹になっていて珍しくもないが、40年くらい前に徳島に住んでいたときは、ヤマモモはその地方特有の果樹として珍重されていた。美しい深紅の実は、料理屋の和食に添えられていることもあり、私の大好物だったが、夫の転勤で長くこの家を離れていたので、ここの木の実にお目にかかったことはない。

 ビワは、屋根を越えるのを嫌う地方もあるが、そんな迷信はさておき、豊作の年には、収穫するのも大苦労だし、とても家では消化しきれ
ない。
 そこで我が娘は、ビワ食べ放題パーティーと称して、友だち数人を呼び集め、盛大に収穫作業の経験と会話を楽しんだとの報告があった。
 スーパーに並んでいるビワはなかなか高価なので、私は滅多に買わないから何とも贅沢な話だと、感心した。

 徳島から苗を持ってきて植えたらしい温州蜜柑と夏蜜柑、それに柚子もある。夏蜜柑は庭の中心で一番大きく育ち、だいたい隔年で沢山の実をつけるが、改良された甘夏柑と違って酸味がある。 この頃の果物は、糖度◯◯%とか甘味ばかりが追求されるから、この手のクラシックな夏蜜柑のファンは少ない。
 大好きだと言う人には、大喜びでダンボールにいっぱい詰めて送ったりするが、ご近所には10個くらいずつビニール袋に入れて、
 "少し酸っぱいけど、食べてくださる?"
と、遠慮がちに伺いながら配って歩くのだ。

 玄関に出迎えてくださる方たちの応答は、いずれも温かい。この界隈は古い団地なので、既に代替わりして、多くが二代目の世帯となっているけれども、親の世代の人情をしっかり受け継いでいるのが感じられる。
 都心のマンションや、郊外に次々と延びていく新開地の住民とは一味違ったコミュニティの雰囲気が心地よい。 夏蜜柑がご縁で、古巣へ帰ってきた新参者も、ようやく安住の地に落ち着いた気分になれたのだった。

 知人たちに差し上げた後に残された夏みかんを、昨夏からロンドンで庭園制作の仕事をしている娘の、一時帰国まで持つだろうかと心配しながら、私が毎日1個ずつせっせと食べていたが、遂に最後の一個となった。いかにも名残惜しくて、3袋ほどが汁と一緒に冷凍されて、主の帰りを待っている。

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