人を呪わば穴二つって言うけどさって話

暑い日々というよりも少しずつひんやりとした空気を感じる日々になりましたね。
寒がりの私はもう長袖が手放せないです。私昔から寒がりで、寒さに弱いんですよね。まぁそんな話は置いといて。

初めてのお題投稿です。


中学二年の頃を夏は思い出す時があります。基本的に中学の頃は思い出さないようにしてるんだけどね。
あの頃、クラスの女子からも男子からも無視されていて、いつも何をしてもクスクスと笑われていました。
部活では、わざと顔にボールを当てられたり、変な方向にボールを投げてパスを繋げないようにしたり、なんてことをされて、みんなから怒鳴られていました。
どうして取れないなんだ。
シュートを打つな。
一緒にやりたくない。
なんて言葉を同級生からも先輩からも受けていたのを思い出します。
顧問は、笑って俺から話すからといっていました。その後送られてきた部員からのメールは、「あなたのことを思って強くなってほしくて言ってるのにひどいね。」でした。
ずっと続くその空気を、顧問は笑って気づいていませんでした。顧問はずっと私に、クラスでいじめられているのか?と言ってきていました。何も出来ないおじさんの気持ち悪い笑みを浮かべながら。
今思うと、飛んだくそやろうな教師ですね。
夏休みの始めの方、本当にすぐに1つ上の最後の部活が終わりました。嬉しくて嬉しく仕方なかった。
次の日の部活が楽しみになった。走った。投げた。シュートを打った。みんな何も言わなかった。その代わりに、先輩がいなくなったその日から私は、みんなのいじられキャラになった。
クスクス笑われることは減った。目の前でゲラゲラ笑われることが増えた。

8月31日私は学校に行きたくなかった。それでも、行きたくなかった。
今でも覚えている。中学二年生の時私は、半年しかまともに学校に行けなかった。早退と遅刻を毎日のように繰り返していた。
朝父と母がいるリビングに行けなかった。ご飯を食べても着替えても部屋を出たくなくて部屋で大きな体を小さく丸めて泣いていた。
ずっとお腹が痛いの。と泣いた。
夏休み前の1週間学校に行かなかった。夏休み前日に必要なものを取りに学校に行った。誰もいない放課後に。母と一緒に。
その時部員はみんな早く体調良くなるといいねと笑っていた。毎日私に朝練こいよと怒鳴っていたくせに。
学校にいると体調が常に悪かった。視界が悪くなる。頭が痛くて、目の前が、雨のかかったガラスのように歪む。よく前が見えなかった。
保健室にいつも1人で行っていた。保健室に行くことを言う相手がいたかなんて覚えていない。
いつも頭痛が終わると吐いていた。泣きながら。

そんな私はやっぱり夏休みの終わりも冬休みの終わりも何の終わりも行きたくないと思っていた。
中学を卒業して、高校生になり、大学生になり、そして今。社会人になり。

今も私は思います。
あの頃のみんな。不幸になればいい。と。
忘れられないんです。いつまでも。私の八方美人で、気遣いばかりしてしまって、人の顔色ばかりを伺うこの性格を作ったのはあの時だった。いじられキャラになって、その場をしのぐ私のこの性格を作ったのはあの夏だった。

改善されたのかわからないけれど、少しはマシになったと思う私の今も、まだまだあの頃の何かから抜け出せないでいます。


私はあの夏を忘れない。
忘れたくても忘れられない。


いつかきっと誰よりも幸せになりたい。
幸せは競うものではないと知っているけど、あいつらの上に立ってザマァねぇなって言ってやれる人生にしたいと私は思うのです。

そんな惨めな過去を思い出す夜ですね。

#8月31日の夜に

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