見出し画像

名曲アルバム+「北海道民謡/江差追分」

NHK「名曲アルバムプラス」のために「北海道民謡 江差追分」の映像を作りました。(2023年3月12日放送)この歌と映像について少し書いておきます。

なぜ江差追分か。

前作「名曲+」では無伴奏の合唱「レクイエム」を作りました。コロナ初年の2020年冬、皆で歌う楽しさが失われた年でした。(放送'21年3月)

前作:カルドーゾ(1566-1650)作曲:レクイエム

それを経て今回、合唱もいいが独唱もいい、と思いました。他人と息をあわせる合唱に比べ、ひとりの歌は自由です。今回テーマにした江差追分には拍節がなく、伸ばし方も歌い手次第で、まさに伸び伸びと気持ちを乗せられるように思えました。(*1)聞くことではなく、自由に歌うことで自分を解放する歌。これもまた現代にあってほしいものと思いました。
 
「レクイエム」はポリフォニーがテーマだったので6本の筆記体が絡み合う表現でしたが、厳密に言えば、線がなめらかに上下動するように歌は動かない。ドーがずりあがってレーになるわけではなく、ドー、のあとにレー、と歌うわけなので。次は、線の動きと音程を連動させたい、と思っており、多様なゆらぎがある江差追分はぴったりでした。

江差追分の特徴、その映像化

前述のように江差追分は「拍子」という概念を持たない、無拍の音楽です。(*2)唄は「のし」「もみ」などと呼ばれる多様なコブシを入れながら、母音を長〜〜〜く伸ばして歌う唱法が特徴です。伴奏の尺八はその唄に寄り添い、後を追うように演奏されます。「ソイ掛け」はそれらの間を縫い、アクセントを与えます。

今回この3つを映像化しています。尺八とソイ掛けは、その名の通り「波形」=波のように動く音の周波数帯域で表し、唄は、音程変化そのままに、波の上を伸びていくひらがなで表しています。(*3)

ソイ掛け
唄と尺八

江差追分とは

江差追分の起源は公式HPに詳しいですが、ざっと要約すると、信州の馬子歌(*4)が新潟に伝わり、そこから船で蝦夷に渡ったとのこと。船とは、大阪から瀬戸内海を回り日本海沿岸をつたって北海道までを往復した商船、北前船。「江差の五月は江戸にもない」といわれたほどニシン漁で栄えた江差の地で、座興歌として確立されたというのが主な説のようです。同じメロディに対して多様な歌詞がつけられますが、今回採用されたような「船旅」を歌うものが多いです。

 


北前船その航路(北前船寄港地フォーラムHPより)



その後ニシンの不漁で街が衰えても、歌は発展して各流派に派生、さらに明治後期以降に「正調江差追分」として統一する動きが生まれ定型化したようです。定型化の甲斐あってか昭和38年から全国大会が開かれ、江差追分愛好者が集う町おこしの元祖のようなことになり、今にいたる、と。

江差追分基本譜

 この譜面がとてもユニークで、拍節がない上にバリエーション豊かな音の上下動ワザが含まれる、という西洋音楽の五線譜では絶対に表せない要素を視覚的に表しています。現代音楽の図形楽譜のような面白さも。

公式HP 「江差追分本唄のうたい方」より


これもおそらく元は色々な表現があったものが統一化されたものと推察されます。

館 和夫「江差追分物語」より

しかし、厳密に聴くとこの「基本譜」で全ての要素を表せてはいないです。各種のワザは忠実に記述されていても、五音の音階の動きは省略されていたりする。
 
これは口伝、つまり教える側と教わる側のコミュニケーションこそが大事だ、という心が「基本譜」をこの収まりにしていると推察できます。 西洋の楽譜のように、音の高低長短が定量的に表され、人を媒介させずとも音楽を伝えるシステムがある一方で、インドネシアのガムランのように楽譜が存在せず、コミュニティの中で教え教わることこそ重要、という考えもあり、この「基本譜」は中間的な存在のように思えます。
 
ただ、素人の我々がマスターの教えなしにこの基本譜をみても、どこがどれなのか、そして音程はどう動いているのか、当然把握しづらいと思います。(*5)

そこで今回の「名曲」ではその唄の上下動を、基本譜を参考にしつつも丸裸にするという酷薄な方法を取りました。身も蓋もない方法ではありますが、こうしてみると、歌手・寺島絵里佳さんの凄いスキル、名投手の変化球のごとく揺れたり、落ちたりする声の動きがよくわかるのではと思います。カラオケのように一緒になぞれる気もします。

Bring Minyo Back

江差のように根強く文化が残る地域以外は、現代において民謡に触れる機会は少なく(中学校などの音楽授業くらいか)、我々の生活と民謡は断絶してます。

「Bring Minyo Back」は日本民謡+ラテン音楽のバンド、民謡クルセイダーズの世界ツアーを記録したドキュメンタリー映画のタイトルですが、「民謡をとりもどせ」は素敵な言葉なので、自分もその波に乗りたいなと。(*5)実際、映像を作りながらこの追分を何度も聞き、一緒に歌ううちに、これは日本人の喉にあう、カッコいい唄だなと好きになっていく自分がいました。
今回の映像で少しでも面白く思う人がいたらいいな、と思っています。おそらく、NHK for Schoolにも掲載されるはずです。

さいごに

わが曽祖父、弥太郎(新潟)は江差追分を得意としていたという情報が、映像を作り終えた後にもたらされました。若いころ(大正)、新潟から礼文島までマダラ漁にいってた由。

おわります。

(*1)ひとりの歌は自由
現在の江差追分は、何分何秒でここまで歌う、など決めごとがあるが本来は自由だったのでしょう。

(*2)無拍の音楽
決まった拍がなく歌詞を引き延ばして歌う民謡を「追分様式」としたのは民族音楽学者の小泉文夫 (1930 ~ 1983)ですが、この先生が世界各地の無拍の音楽を教えてくれる素晴らしい講義アーカイブがyoutubeにあります。穏やかでわかりやすく、楽しそうな語り口。下記のオルティンドーも聞けます。

(*3)書体は「貂明朝」(西塚涼子さんデザイン)をつかわせていただきました。波はピーターサヴィルとご指摘いただきました。さらなる元ネタは1978年版のケンブリッジ天文学百科事典/最初に発見されたパルサーから放出されるエネルギーパルスの図

(*4)追分の起源
馬子唄の起源はモンゴルにあり、貢物の馬と共に信濃にきたという説も。オルティンドー(訳:長い歌)とのつながりが指摘される。ミュージシャンの寺尾紗穂もモンゴルを訪れたとき、そう感じたことを著書に書いていた。広々とした草原、海原に合う音楽。

(*5)基本譜の読み方
録音に立ち合わせてもらい「この部分の表記はどういう意味でしょうか、音程でしょうか」と歌手の寺島さんにお聞きしましたが「それは…波です。引いては打ち寄せる波の勢いです」というお答えで、ショックとともに感動しました。

(*6)民謡クルセイダーズ
遡って1970年代、はっぴいえんど、大滝詠一のナイアガラ音頭や細野晴臣のESASHI、ルーチューガンボなど、他ジャンルと日本を面白く結んだ音楽が元々好き、というのもあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?