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書き続けることだけが勝つことなのだ

 ひと目見たときはぞっとした。本当に文学に励む側の人というよりは浅はかな、けれども確かなコンテンツ性というかカリスマ性というかその類のものは持っている、ポップな感じの人だったから。そういう人が本を出しているなんて。そして同時に感じた。ちゃんと自分の形で泳ぎ続けた人が「勝つ」のだ、と。
 Kindleでたまたま見かけた自己啓発本の一つに見知った名があった。大学時代に所属していた文芸サークルでほんの少しだけ出会った人だ。人見知りの私にも優しく、互いになんとなくサークルの「熱い」感じに馴染めなかった。正直、彼女は文学というタイプではないと思っていた。楽しく優しいサブカルな女の子が、書き物をしたがっている。自分のことは棚の上に都合よく追いやって、そう見ていた。そんな彼女が本を、しかも何冊も出していた。小説ではないけれど、著者の欄に自分の名前が書かれるなんてどれだけ誇らしいことだろう。エッセイスト、ライター、物語を書けなくても本を出せるなんて。物語を書かなければならないほど、言語を超えた感性を持っていないと理解して作家を諦めた私には、本当に羨ましい限りだった。
 30分、あっという間に読み終え(事実読みやすいエッセイ調の自己啓発本だったのだ)、いいな悔しいなと渦巻く感情の中、思い立って彼女のSNSを見てみると職業欄には「作家」の二文字。ちょっと前まで抱いていた尊敬の念はことごとく消えて、体中に憤り。こんな薄い書き物しか書かず、物語などと程遠い作品しか生み出せない人間が、作家を自称するなんて。生意気に気取って世間をまるで知らず、お前が一番作家を愚弄している。
 それでも彼女は著者として本を出して、ちゃんと書く自分を貫いているのだ。書くことを続けて書く自分を達成している時点で書きたい人間としては勝利をおさめている。しかも本にもなって、ちゃんと読まれるものを書けている。こんなふうに読むことしかできない私とは大違いだ。
 やっぱり、つくづく憧れる。ものを書き続けて世界と戦う勝者に。

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