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早春賦

COVID-19で10か月近く遅れた公開を、心から愉しみにしている。

『太陽は動かない』(原作:吉田修一/幻冬舎)。完結編まで読んだときに、この人こんな小説も書けるんやと感動した記憶がある。

彼の作品は、いかにも文学的に人の心の動きを書ききった『怒り』(中央公論新社)『パーク・ライフ』(文藝春秋)を読んでいたから、新境地にだいぶわくわくしてしまった。アクションパートと、よくリサーチしたであろう経済小説パートが交互にくるのがとてもいい。甘いものとしょっぱいものを交互に食べたらいくらでもいけるアレだ。

キャラ造形も、画一的なのかもしれないが、一定以上の訓練を受けている組織の話であったため、無能な味方がいなかったこともノンストレスで好みだった。藤原竜也と竹内涼真という鉄板キャスティングだし、CMも結構力入れてそうだし、もう少し先の公開に向け、胸を高鳴らせている。

藤原竜也や竹内涼真の所属する組織は、35歳が定年。任務で命をすり減らすことからくる温情か、それとも過酷な任務に耐えきれる肉体の維持が35歳で限界に達するのか。
そこはこの際どちらでもいいが、人間の身体能力は、日ごろの節制や努力次第で36歳ごろまで維持できると聞いたことがある。翻って、それよりも後ろになると否応なしに下降線を辿るとも言えた。
肉体は衰えるが知識や技術は残る。トップアスリートの世界でベテランと呼ばれる選手が技巧派ばかりなのは、結局こういうことなのだろう。
彼らは、人生の折り返し地点をキャリアの終着地点にできたら超一流だ。

そう思うと老け込むにはまだ早いが、32歳というのも微妙な年齢だと思う。何かを諦めるにはまだ早いが、始めるには遅い気がする。
でも、その年で新しい技術を手にしてしまうのだから、まったく偉大だ。チーム内で上から2番目。藤春廣輝が今季、新境地に至っている。

大外をとんでもないスピードで駆け上がるのが持ち味の、悪く言えば非常に不器用でわかりやすいプレーヤーだったが、今季は外に内にとレーンをするすると移動。中盤の底でビルドアップに関与したり、右サイドのバイタルまで侵入して宇佐美にパス出してみたり。
その影響か左サイドはだいぶ活性化した。昨年度の1試合平均のクロス数が2とかだったのに、開幕戦で6本のクロスを放ったことからも、左サイドの攻撃機会が増えたことが伺える。センタリングの精度が悪いとは思わなかったけど、欲を言うならそこはもうちょっと詰めてほしい。

サポーター、驚愕。そして困惑。「この人こんなプレーできるんや」があちこちに飛び交った。急激な変化の原因は、識者じゃないのでわかりません。若手の台頭による危機感か、昨年夏のFC東京戦でビルドアップ時に不用意なパスミスで失点したのが応えたのか、衰える肉体の予防策か。いや、努力に因果関係を求める性格にはあまり見えないから、個人的な理由なんてものは存在しないのかもしれない。
実際ファンとしてもどうだってよかった。崇高な理由がなくたって、好きな選手のプレーでわくわくできるんだから、別にいい。

新しいことを始めるのにはエネルギーがいる。若さはそのままエネルギー換算できる財産だった。ガンガン新しい何かに挑戦して、トライアンドエラー。その向上心が現状維持に変わったころ、選手はキャリアの終わりを考え始めるんだと思う。
振り返ればガンバ一筋11年目。マンネリなんて言葉はどこ吹く風で、当たり前のように左サイドに君臨している。毎年起こる限界論争。いまだに終わらないリオでのオウンゴールいじり。開幕戦の試合後に、DAZNで実況のアナウンサーと解説の加地さんがしみじみ言った。「タフですねぇ」。
まったくもって同感です。心も体も。32になった自分が向上心マックスでバリバリ働いている姿など、想像もできなかったからだ。

さて、その開幕戦は0-1で敗戦。出だしに躓き、後半はボールを握る時間もあったが決めきれなかった。スコアレスの79分、古橋に一瞬の隙を突かれ失点。非常にしょっぱい試合であった。
2月のノエスタ。現地のサポーターは身も心も冷えていたんじゃなかろうか。実際2月ってほとんど冬だよね。春は名のみの風の寒さや。

雨風と敗戦と共に3月は慌ただしくやってきたけれど、気候もチームもこれから徐々に落ち着いていく。待ちわびた季節はもう少し先。悠長に待ってられる余裕があるわけではないけど、勝ったり負けたりを繰り返しながら、ファンは新戦術が落ち着くのを見守っていくんだと思う。
不安がないわけじゃないが、それでも希望だってあったじゃないか。32歳の挑戦と変化。苗字に春の文字をもつJリーガーは一人だけらしい。その名の通り、チームに春をもたらしてくれそうだと、今季の藤春を見て思うのだ。

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