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【書評】大塩平八郎(森鴎外 著 )

11代目伝蔵の書評100本勝負22本目
何の言い訳にもならないけど、大学入試は世界史で受験しました。そのため日本史に対する素養がかなり欠落しています。今更ながらですけど勉強したいと思い、佐藤優氏のオススメに従い「いっきに学び直す日本史」を手に取りました。
 本書は元々大学入試の学習参考書ですが、僕のような日本史弱者にとって最適な本だと思います。何より大まかな日本史の流れが掴めます。その流れの中で今までだったら見逃していた人物にも興味を持つようになりました。その中の1人が大塩平八郎でした。
 歴史上の人物について色んなアプローチの仕方があるでしょうけど、「確か鴎外の歴史モノに「大塩平八郎」があったはずだよなぁ」と思い、調べてみると果たして得意の?Amazon limitedの中にラインアップされていました。

 鴎外の「大塩平八郎」がユニークなところは巻末に「付録」と評していわば「大塩平八郎創作ノート」と呼ぶべき文章を付していることだと思います。ここで鴎外は幸田成友の「大塩平八郎」にインスピレーション受けつつ一応歴史的資料である「大塩平八郎万記録」や大阪の古い地図を参考にしながら書いたと告白しています。歴史的には「大塩平八郎の乱」はわずか1日で鎮圧されていますから、資料の内容も限られてていますがそのことがかえって「空想を刺激させられた」ようです。そこで「私は史実に推測を加へて、此二月十九日と云ふ一日の間の出来事を書いた」のが鴎外の「大塩平八郎」というわけです。そのためにまずは乱の1日を歴史的資料から時系列に記し、資料から受ける事実と矛盾しないように推測を盛り込んだとします。ただ「推測」と言っても「余り暴力的な切盛や、人を馬鹿にした捏造はしな」いのが鴎外の鴎外たる所以でしょう。

大阪西町奉行所趾碑


 実際鴎外の計略はうまくいっていて極力主観を排除しながらも無味乾燥な資料の羅列に成らず、混乱の1日とその中の人間模様を反乱側と鎮圧側の両方からうまく描き出しています。漢文調の文体と調度品や武器名を時代に合った表記がこの歴史小説の価値を高めていると思います。そしておそらく古地図を下敷きにした地名の記述も魅力の一つです。本書の舞台でもある東西奉行所跡は碑が現存するようなので、大阪に行った折に立ち寄り、この歴史小説を噛み締めたいですね。

大阪東町奉行所趾碑

よく言われることですが鴎外の歴史小説は極力主観を抑えています。
一例をあげましょう。この小説の本文は次の記述で終わります。

密訴をした平山と父吉見とは取高の儘譜代席小普請入になり(中略)平山は、番人の便所に立つた留守に詰所の棚の刀箱から脇差を取り出して自殺した。
大塩平八郎
然るに平山は評定の局を結んだ天保九年閏四月八日と、それが発表せ?られた八月二十一日との中間、六月二十日に自分の預けられてゐた安房勝山の城主酒井大和守忠和の邸で、人間らしく自殺を遂げた。
大塩平八郎付録

小説本文の終わりは平山について鴎外の評価は排して「自殺した」という事実のみを書きます。しかしながら付録では鴎外は「人間らしく」と書いているのです。「人間らしく」は鴎外の評価(主観)です。小さな違いのようですがここに鴎外の歴史小説の魅力があります。つまり極力主観を排除しながらも時として抑えきれずに彼の人生観と呼ぶべき思いが迸るところです。

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