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『JOKER』が好きすぎて。


前回に引き続き、JOKERの話。

はじめてJOKERを観に行ってから、3日経った。
正直、観始めて20分くらいは怖すぎて、観たことを後悔した。
でも、観終わってからの衝撃が大きすぎて、翌日IMAXで観に行った。
そしていま、金があればあるだけ映画館に通い詰めてしまうのではないかと心配しているほど、JOKERにハマってしまった。
3回目を観に行くのも時間の問題だろう。
とりあえず今は、YOUTUBEで誰かが編集してくれたJOKERの映像や予告編を観てしのいでいる。

最初は、この映画のテーマや、提起している問題への興味が、わたしを惹きつけるのだと思った。
でも、なんだか違う気がしている。
多分、もっとずっと単純なはなしだ。
この映画の音楽も、映像も、カメラワークも、光も、演者も、その表情も、設定も、ストーリーも、テーマも、すべてがわたしの好みだった、ただそれだけのことだ。

良かったと思うところを書き出していこうと思う。ひたすらに。
ちなみにJOKERを観ていない人は、ネタバレめっちゃあるうえに何言っているのかわからないと思うので、ここで読むのをやめたほうがいいだろう。

1.笑いの哀しさ
私は寅さんが好きで、学生時代は暇さえあれば観ていた。「喜劇と悲劇は紙一重だ」とは、山田洋二監督の言葉だったと思う。
確かに、『男はつらいよ』は喜劇映画である。しかし、タイトルが示す通り、寅さんは決して楽しい思いはしていない。むしろ毎回、マドンナやおいちゃん、おばちゃん、さくらなどの愛する人々と、たいていは悲しい形で別れを告げ、旅に出る。客観的に見れば、毎度のように恋をして、失恋し、風のように去り行く寅さんは、笑いのパターンである。
しかし当然ながら、寅さん自身にとっての失恋は、毎回涙を流すほどにつらいに決まっている。悲劇と喜劇は両極にあるように見えながら、主観と客観の違いでころころと変わってしまう。JOKERがマレーに言う「喜劇は主観」というセリフを思い出す。
笑いと哀しみが同居しているといえば、ピエロもそうだ。バカ殿みたいな白塗りをして、おどけた動きで人を笑わせるピエロが、どうしてあんなにも哀しいのだろう。
我々は、笑いの奥にある哀しみの影を自然と見出そうとしてしまう。太宰治の『人間失格』にも、人の目が怖くてわざとおどけて見せていた葉蔵の少年時代を道化師に例えるくだりがある。『人間失格』が好きな人は口々に言う、「これは私のはなしだ」と。人間誰しもが、哀しみを隠すための笑いの仮面を被っているのかもしれない。

映画JOKERは、まず、主人公のアーサーがピエロのメイクをしている場面から始まる。アーサーはメイクの途中で、口の両端を指で引っ張り、笑った顔を作る。その目からは、黒いメイクを溶かすように、一滴の涙が流れ落ちている。すでにこの場面で、この映画のテーマは示されていた。

Put on a Happy Face.

アーサーが、幼少期から母親に教えられてきた言葉だ。
つらくても前向きに、笑って生きる。笑いは自分も他人も救ってくれる。
彼がコメディアンを目指すようになったのも、この教えがあったためだろう。笑いは彼にとって、この世界に光る一筋の希望であった。
しかし、この映画のアーサーの笑いのほとんどが、辛くて哀しい笑いである。
病気のせいで、笑いたくないのに笑う。仕事中に盗まれた看板について、雇用主から責められ、感情のない笑いを作る。
地下鉄で証券マンを殺して以降、アーサーはこの「笑い」こそが自分を縛り付ける原因であったことに気づき始める。ピエロの派遣会社から荷物を引き上げて去っていくときも、会社の出口にある張り紙「Don’t forget smile」という文章のforgetの文字を塗りつぶし、薄暗い会社の玄関から光あふれる世界へと飛び出す。

Don’t Smile.

この場面は、ただひたすらに「こうでしか在れない」という彼の解放されゆく姿を、瑞々しく表現している。

いつも思うけれど、個人の事情を毫も斟酌してくれない安っぽいポジティビティが、この世には多すぎる。
不器用でうまく生きられない人間や、辛い環境に生まれた人間がひたすらに前向きであることを求められる地獄を、考えたことがあるだろうか。「頑張れ」とか「いつも笑顔で」とか美辞麗句を並べただけの空虚な励ましを送る人は、自らの人生と、暗くてゴールの見えないトンネルを重ね合わせたことがあるだろうか。
この映画の主人公は、悪のカリスマとなる結末以外に、どのような結末がありえたのだろう。人から馬鹿にされて、努力して、それでもうまくいかなくて、頑張るほどに人が離れていくなかで、どうすれば正解だったのだろう。

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2.「すべて妄想」説
ネットでJOKERの感想を観ていると、「すべてJOKERの妄想である」という説が散見される。その理由は以下だ。
・最後に、「ジョークを思いついた」と言うJOKER。面談の女性が「聞かせて」と言うと、JOKERはにやりと笑いながら「(あなたには)理解できないよ」と言う。これは、ここまで観客が観てきた物語がすべて彼のジョークであったことを示唆している。
・同じく最後の面談の場面での笑い方が、今までのアーサーとは異なる。
・各場面の時計の針がすべて11:11を示していることの不自然さ。
・一般的なJOKERのずる賢さが、ストーリーの中のアーサーには見いだせない。
などなど。
読むほどに「なるほど」と感心する。いろんな見方があるのだな、と思う。

しかし、正直妄想だろうとなんだろうとどうでもいい。

ここまで、一人の人間の希望と絶望と、善と悪と、笑いと怒りと哀しみを丁寧に描いた映画はなかなかない。あまりに人間臭くて、情けなくてかっこいいアーサーの魅力は、我々の殺人を否定する倫理観すら凌駕してしまう。そしてその物語の背後にある、普遍的な人間愛と、人生の悲哀を、社会の矛
盾と闇を、観る者は自らの人生と重ね合わせる。

この話が全て主人公の妄想でも夢でも嘘でも、何でもいい。
名作とはいつも、「自分の物語だ」と思わせる作品である。


3.アーサーの魅力
同じ場面を何度か見ていると、見るたびにその表情の繊細さに驚かされる。
ピエロになって踊っているときの陽気な表情。
神経症を発症して笑い出すときの辛そうな笑い。
自らの起こした事件に感化されてピエロのマスクをつけた市民を見つけた時のうれしそうな表情。
好きな人を見つめる表情。
そして、JOKERとしてゴッサムシティの悪の王者に君臨した瞬間の、サイコパス的な表情。
どの場面の表情も、その場面唯一なのである。

体の動きもそうだ。
街を歩くシーンも、拳銃を持って『タクシードライバー』さながらの一人芝居をするシーンも、地下鉄で殺人を起こした後、公衆トイレで踊るシーンも、フランクシナトラのThat’s Lifeをバックに、テレビでマレーが言う決め台詞「Has Life.」を真似するシーンも、なんだかわからないけど、すごくいい。
なよなよとしたアーサーの動きから、肩で風を切ってさっそうと歩くJOKERの動きに変わる瞬間なんか、その緩急の激しさに震えそうになる。

それと、衣装もいい。
ピエロの時のチェックのジャケットもいいし、JOKERになってからの赤いスーツもまたかっこいい。
中に着ている黄色のベストは最初から変わらないけれど、どのジャケットともマッチしていて素敵だ。
ピエロの時のズボンの丈感も絶妙だし、普段のよれよれのシャツとカーディガンも嫌いじゃない。まあ、スタイルがいいからだろうけれど。
少しウェーブのかかった長めの髪もおしゃれだ。その髪が緑に染められるときの、JOKER爆誕といった感じはたまらない。

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4.人間臭さ
私は昔から、要領が悪いとか、いろんな理由でうまく生きられない、というような人に強く惹かれる傾向がある。
もちろんそれは恋愛とかの「好き」じゃない。現実のやりきれなさに涙し、哀愁漂う背中をしている姿があまりに人間らしくていとおしいと思うのである(寅さんに惹かれる理由も、そこにあるんだろう)。
私は動物も大好きで、家にいればいつもアニマルプラネットやディスカバリーチャンネルを観ているような人間なのだけれど、このいとおしい姿は、やはり人間にしかないものだと思う。
いわゆる人間臭い、というのは、そういうことなんだろう。
でもそれが、仕事で失敗しちゃったとか、好きな人に振られちゃったとか、一時的なものならいいけれど、この映画にあるような、閉塞感とか、抑圧される感じとか、そういう暗さになると、話題は日常を離れ、社会問題にまで発展してしまう。
でも、社会問題は、日常と切り離すことはできない。
「人間臭さ」という言葉に表される哀しみと、社会問題や家庭環境などを背景にした逃げ場のない苦しみは同じ線上にあると思う。
この映画は、危ういほどに、その両方のバランスをとって構成されている。
だから我々は、甲にあった意識が乙にひょいと移るように、普段の人間臭い自分をアーサーに投影しながら、いつのまにか、その地続きにある様々な課題に直面させられる。

何も考えなければ、この映画は怖くて暗いサイコパスの映画として観てしまうかもしれない。
順風満帆の人生、何の苦もなく生きる人には刺さらない映画だろう。
しかし、これだけ人々の支持を得たということは、世の中の人々が少なからず生きづらさを抱えているということだ。
この映画を肯定することは、世の中の生きづらさにNOを突き付けることでもあると思う。

芸術は、虚構を借りて現実への厳しいまなざしを表現できる点において最も素晴らしい人間の営為のひとつであると思う。

この映画に出会えたことに心から感謝したい。

とりあえず3回目はいつ観に行こうか。

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