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11.25 OLの日

「経理の美津子ちゃん、すごいスタイル良いよね。俺タイプだわ」
「えー?渡辺先輩、あれ絶対胸無いっすよ。俺だったら営業事務の真由美さんっすね」
「佐々木は巨乳好きかー、鈴井さんはどう思う?」
私が渡辺さんの焼酎水割り(薄め)をマドラーという名のプラスチックスプーンで混ぜていると、同期の浦野が訊いてきた。
「私?私は別にそういう目で社内の女の子を見たことは…でも、あえて言うなら事業のアキちゃん…かな?」
「あー、分かるー!アキちゃんも脚長くていいよな!」
私の空気を読んだ発言に満足そうに盛り上がる男たち。顔では営業スマイルを保ちながら、こいつら馬鹿だし、子供だなぁと思って心の中で舌打ちをマシンガン並みに連射した。
浦野がアキちゃんの説明を熱心にしている間に、机の下でこっそり渡辺先輩のグラスに焼酎をどばどばと追加してやる。さっさと潰して終わりにしよう。私はこの立場だからこそできる、鬼の時短省エネモードに突入した。
「浦野くん、飲み物減ってないんじゃない?一緒に作ってあげるからさっさと空けちゃって」
渡辺先輩にグラスを渡し、できるだけ可愛いっぽく浦野をあおる。浦野はアホだから、営業魂!とか言って半分ほど入っていた中身を一気飲みした。思い通りである。
私は男たちが社内美女格付けランキングなどという愚かしい話題で盛り上がる三十分くらいの間に焼酎をボトル一本開けさせて、全員を汚い畳に沈めてやった。もちろん金はしっかり取った。

「やってられるかっつーの!」
家に帰って、窓を開けると冷たい風が昼間の熱に暖まった一人暮らしのアパートの部屋を駆け回った。
帰り道にコンビニで買ったビールは、袋から出さずにプルタブを開けて三分の一を一気に飲んだ。
「何様のつもりだってんだ。格付けできるような格かよお前らが!鏡見てから言えってんだバーカ!」
遠吠えのごとく夜空に叫ぶと、隣の部屋の住人に壁を激しく叩かれたので私は急いで窓を閉めて退散した。
「私だって女だっつーの。OLは空気じゃない。酒メーカーでも店員でもお母さんでもない。更にはな、男と同じだけ働いてたって男じゃないんだよっ、バーカ」
今度は注意深く小声で、窓越しの月に向かって訴えた。
女子力というどこのカウンターで数値が計れるのかも分からない空虚な力を無意識的に求められながらも、俺たち同志だよな感を出してくる男たち。一体お前らは何なんだ。
まるで、私は美女格付けランキングの枠外に最初から置かれているような扱いにも腹が立ったのかもしれない。そして、わずかにでも腹が立った自分に心底がっかりして今に至る。
「あーあ、もう仕事辞めたい」
私は入社から六年、年間二百回以上は言っているであろう台詞を吐いて、代わりに残りのビールを飲みほした。
男どもは、連休初日である明日は午後まで二日酔いで苦しむであろう。ざまあみろ。
全て洗い流せればいい。できるだけ熱い湯で、どろどろが溶けてくれればいい。
私はほろりと何粒かだけ涙を流すと、バスタブに熱い湯を溜めることにした。

11.25 OLの日
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