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6.13 鉄人の日

僕はその女子のことを昔から鉄人と呼んでいる。
ただ単純に背が高く、肩幅が広く、鼻ががっしりとしていて、ロボットの鉄人二十八号を彷彿とさせるからだ。

そして、鉄人は僕の命の恩人でもある。
今から五年前の小学五年生の時だ。
工事現場で空から鉄のパイプが落ちてきたときに、鉄人はその身を挺して僕をかばってくれた。
パイプは鉄人の背中の上に落ちたが、うずくまったときに膝小僧に出来た擦り傷が一番の負傷だったというのだから強靱さも並大抵ではない。
「かっこいい・・・」
僕が抱いた憧れは今でもこの胸の中に残っている。

「磯野くんはさ、多分理想の相手を求めすぎなんだよね」
鉄人は教室の後ろの方の席でおやつのカロリーメイトチーズ味をかじりながら、悩める僕にアドバイスをしてくれている。
僕は死にかけのゾンビのようにべったりと机に頬をつけて伸びていた。
「それは理想が高すぎるってことですか」
指先についた粉をティッシュで拭いながら鉄人が「うーん」と唸る。
鉄人のティッシュカバーは小さい花柄にフリルがついていて、とても可愛らしい。
僕はこの鉄人の乙女趣味もなんだか好ましく思っていた。
ラピュタの巨神兵が伸ばした手の先に小鳥をとまらせた時のような微笑ましさを感じる。

鉄人はティッシュをまるめてこねくりながら口を尖らせた。
「ちがくて。理想の人だから緊張して喋れなくて、結果別れることになったんでしょ?私はね、理想の人より自分にぴったりな人を選ぶのが幸せな恋愛のコツじゃないかと思うのよ」
カロリーメイトを食べ終わった鉄人は、今度はヤンヤンつけボーの蓋をめくりながら深く頷いた。
「別れたっていうか、ふられたっていうか」
まだ負いたての傷にしょっぱい塩を自分で塗り込んでしまった。痛くて溜息しか出ない。
「でもさ、俺はさ。理想の可愛い彼女といちゃいちゃしたいわけよ。夢を捨てられないんだよ」
足をじたばたさせても、可愛い彼女は帰ってこない。さよなら奇跡の理想の彼女。
実質三日しか付き合わずに終わった僕の女神。
チョコレートをたっぷりつけたプレッツェルを大きな口に運ぶ鉄人は、ちゃかすでもなく真剣に話を聞いてくれている。
「まあ、まだ若いからね。色々経験するといいんじゃない?何かやっかいな女に絡まれて命の危機になったらその時は」
「また救ってくれるの?」
鉄人は先回りした僕に呆れたような顔をしながら、耳を赤らめてそっぽを向いて「そうだよ」と言った。
「やっぱりかっこいいなー、鉄人は」
ふざけているうちに恋が芽生えるのが恋愛漫画定番とは知っているが、そのような展開にはならない僕らだ。
多分鉄人は僕の理想の人でもぴったりの人でもないし、逆もまた然りだろう。というか頭を下げて頼み込んだってきっと、僕なんかごめんだろう。
それでも僕は、とりあえず今現時点では自分の幸せよりも、鉄人がぴったりの人に大事にされてその人の隣で幸せそうに笑っている様を見てみたいと強く願ったのだった。
「いつまで経っても鉄人様には頭があがりませんなあ」
とにやつくと、鉄人は「何いってんだか」と大きな口からチョコレートの匂いの息を吹き出した。

6.13 鉄人の日
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