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7.1 郵便番号記念日・ウォークマンの日

中古で買った手の平サイズの銀色のウォークマンに昔のMDを入れて、イヤフォンを耳に挿して再生ボタンを押した。

タッチパネル以外の再生ボタンを押すのは久しぶりのことで、手応えのある感触に体感が喜んだのが分かった。

僕は引き出しから引っ張り出してきた、いつのものか分からない葉書をちゃぶ台の上に置いて、汗をかいた麦茶のグラスは葉書を濡らさないために遠くにどかした。

マジックペンの細い方のキャップを取ってうなる。頭のなかに響く音楽は、僕を小学生時代へとタイムスリップさせる。

でたらめな郵便番号を書いて、でたらめだけどありそうな番地を下に書き込んだ。

 
あのころずっと好きだった子の名前を大きく書いたら、裏返してようやく本文だ。

正座をし直してウォークマンの音量を上げる。
上げれば上げるほど頭の中身は懐かしい音楽に満たされて、あのころに戻ることが出来た。

元気ですか。
七月になったね。もうすぐ夏休みが始まるから、僕はちょっと残念です。
なぜなら、

、の後が続かない。
僕はマジックペンを放り出して、麻素材に変えた夏色の敷物に寝転がった。

「だめだ。ごっこですら勇気が出ない」

僕はその子のことが今も忘れられず、次の恋を出来ずにいる。

もう大学生になった。
彼女の進路もしらないし、どこに住んでいるのかも分からない。
だって、小学校の卒業と同時に彼女は転校してしまったから。

僕が育てたひまわりが一番綺麗だと言ったあの子。
彼女は夏の魔物だったのか、僕の恋心の全てを食べて、どこかへ消えてしまった。

「もういい加減、大人になれよ、俺。あの子は幻。もういない」

好きだと伝えて終わりにしたいと思ったけれど、僕の体は未だに彼女の綺麗で透明な思い出を離したくないみたいだった。

「心と体が乖離しすぎている場合、いったいどうしたら一つになってくれるんだろう」

もだもだしていた結果、日が暮れた。
MDは何度もおもて面とうら面を行ったり来たりしたけれど、僕はもう大学生に成長した僕でしか無かった。

日常はいつだって、こちらの都合に合わせてくれたことなどない。
葉書を書くことを諦めて、スーパーで買いだめしておいたスイカバーを食べながらベランダに出ると、まだ薄く端に残る夕暮れを眺めた。

梅雨は明けず、湿度の高い空気が頬を撫でる。
自分の思考も行動も、センチメンタルで馬鹿みたいだなあと思ったが、実際センチメンタルで馬鹿なまま大きくなってしまったので仕方がない。

 センチメンタルついでに目を閉じて鼻で溜息をつくと、瞼の裏にまだ幼い夏の魔物の笑顔が貼り付いて、僕は口のなかに残ったスイカの種に見立てたチョコレートの粒をがりりと強く噛み砕いた。

まだ夏は来ない。
今はまだ、じめじめとした梅雨の中にいる。

僕は今年の夏こそ、新しい恋を始めようと思っている。

7.1 郵便番号記念日・ウォークマンの日
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