急行電車に乗ってあなたの街を通過する
次は鷺沼、鷺沼に止まります
聞き慣れた車内のアナウンス。
このアナウンスが流れるタイミングがちょうどその駅を通過する時だ。
あなたとの思い出があり過ぎて、もう二度と降りることはできないんじゃないかと、思っているくせに、その先の急行が止まる駅に引越してきてから2年が経った。
同じ沿線の駅は、どことなく雰囲気が似ていて、あなたと歩いた道を想起させる帰り道を歩く。
少し足を伸ばせば、2人でよく行ったコンビニがある。
あそこの店員はまだ私を覚えているだろうか?
想いが強すぎて、近づけない場所のギリギリの所に自分好みのマンションを見つけて、即決してしまった。あなたはもう隣町から出ていって、偶然会うことなど叶わない。
翌朝、私は急いでいた。
不覚にも、約束の10分前に目が覚めて、大慌てで身支度をしたけど、既に20分も彼を待たせている。
優しい彼は、ゆっくりおいでと言ってくれた。
それでも私はマンションから駅までの道を走り通して、いつもの半分で改札まで着いた。
次の急行に乗らなくちゃまた、10分も余計に待たせてしまう。
そんな思いで飛び乗った車両の扉が閉まって、私は気づく。
各駅停車の普通電車に乗っている。
ダイヤでも乱れていたのか、普通電車は、当たり前のようにその駅に止まった。
走ったせいでまだ整っていない息。
目の前の懐かしいホームの風景。
耳に届くその駅名。
何も考えず、足が勝手に一歩を踏み出していた。
改札を抜けて、記憶の道をなぞる。
足を前に運ぶごとに、胸が苦しくなる。
ただ、涙が流れてくる。
そうか、まだダメか。
こんなにもまだ、想いが消えてない。
苦しくて、悲しくて、上手く息ができていない、途切れ途切れの声で彼に告げる。
ごめんなさい。そっちには、行けない。
電話を切って、うずくまる。
視線を落とすと水溜まりの中に、空が見えた。
あなたが居る、空が見えた──。
読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )